妄想話

ひよこばってりぃ

ピヨピヨという鳴き声が、暗闇の先にある扇風機の土台部分から聞こえてくる。 肌寒いこの季節、そのけったいな扇風機を回すことには一つの理由があった。 預かった洗濯物を、この一晩の間に急いで乾かさなければならないのだ。 そして、その他人の洋服を明日の朝に持ち主の元へ届けなければならない...

妄想話

雨と日照りの対岸

二日ぶりにまわってきた、当番の朝。 相変わらず雨は止まず、風も時折り激しく吹き荒ぶ。 身に着けていた雨着は、家を出てすぐに水浸しになった。 この村の先にある崖を挟んだ、対岸の隣村が見渡せる高台へ、今日も向かう。 軋む階段を一段一段、踏みしめながら上まであがると、前任者は既に姿を消...

妄想話

「輪廻の沼」

治験に参加してみないか、とその研究所に所属する元彼に誘われ、話を聞くだけよ、というつもりがこうなってしまった。 非公開で募集をかけられない案件だから調べても出てこないよ、とその彼は口にするが、たぶん彼の研究施設自体が非公開だろうという想像はついた。 人体をそっくりそのまま復元させ...

白い空間『 』

白い空間『綱渡り』

その、夢というものを見たことがない。 皆と同じように、一日の終わりとしてベッドに横たわり眠りに入る。 そこまでは同じだろう。 ただ、その眠りから先が大きく逸脱していく。 次の瞬間、眼前に広がるのは真っ白い世界。 なぜか私は現実世界で眠りに入ると「白い空間」へと誘われるのだ。 そこ...

妄想話

はむしたい、

光に群がる、小さな羽虫。 そいつらがうらやましかった。 理性もなく、ただ本能に導かれるようにして生きる。 名も知れぬただの虫。 今は成れるものならば何でも、とそう思った。   意識を取り戻してから、少なくとも数時間は身動きが取れずにここに居る。 周囲は静まり返っていて、自分の...

白い空間『 』

白い空間『灰色の均霑』

目の前が真っ白に染まった。 いつものことだ。 現実世界で眠りに入ると、私は白い空間に誘われる。 その原因はわからないが、そんな定めの中に私はいる。 いつものように白い空間を彷徨い歩いていると無数の扉が現れはじめた。 どれか一つの扉を選択し、どんな世界が待ち受けていようと踏み込まな...

妄想話

悪魔の手

  目が覚めると、左手が自分のものとは違っていた。 手首から指先にかけてが歪であり、人間のそれとは明らかに形が違う。 血色の悪い、鱗うろこのようなものがびっしりと生え、それはごつごつとした灰色の手だった。 そして、確かに左手の人差し指、中指、薬指の爪に「壱、弐、参」と順番に数字が...

妄想話

観測員の死亡届

身を打つ強い衝撃が。 それと共に唐突な眠気に襲われ、抗うことなく瞼を閉じた。 そして、朝が来たから、という当然の流れのようにして私は目覚め体を起こした。 という、そんな感じだったが、瞬時に違和感を感じた。 どうしてこんな硬いアスファルトの上に寝そべっているのかと疑問に思うのと同時...

妄想話

黒の時間-囚われの売買人-

  預金通帳を開いたまま、ATMのすぐ横で立ちつくす。 貧弱な残高を見つめていた。 当然のことながら一円も入金はされていない。 この惰性な生活も2年目に突入した。 今となれば、感情に任せて唐突に仕事を辞めたことを後悔している。 未練がましく、振り込まれることのない未払い給与に期待...

無国籍活動集団「alias」

「Blood found」

隣に座る彼女が面白いゲームがあるから、と小声でささやきながら、俺の開いたノートの上に通信端末をもってきた。 なんで授業中に、このタイミングで。 相変わらずこの娘の考えが掴めないなぁ、と思いながらチラリと目をやると画面にはその掴めないはずの特徴を上手に捉えた、隣に座る彼女によく似た...

妄想話

「瞳の中のアルバム」

店を出ると、寒空には月が浮かんでいた。 ちょっとだけ、洋服のバーゲンを覗いてみるつもりが、もうこんな時間に。 彼氏を誘ったが、どうやら荷物持ちになることをやっと学習したようで連れ出せなかった。 次に誘う時には、もう少し良さげな餌を撒く必要がありそうね。   白い息を吐きながら、駅...

妄想話

忘却の背中の

 母は産まれて間もない私を抱いて、こう言ったそうだ。   「この子は世界地図と一緒に産まれてきたんねぇ」   生まれながらにして背中が痣だらけであった。 母の言葉の通り、地図でも描かれているかのようにして、生まれ持った灰色の痣が背中を巡っていた。 それについて医師は、痣は...

妄想話

右腕を差し伸べて、左手で、

まだ明け方で部屋は薄暗かった。 うつ伏せで寝ていたからだろうか。 顔の下に敷いていた左腕に、よだれが滴っていてみっともないなと感じる。 もう片方の右腕はというと、何かを掴もうとするかのように前方へ伸びている。 でもその先には見慣れない壁があるだけで何もない。 そうだ。 あたしは...

妄想話

「解体屋のたしなみ」

 これは何も、過疎化が進んだ地方の話だけではない。 住人が居なくなり、取り残された空き家がこの国では増えている。 都会の片隅でも注意して歩けば、老朽化したまま放置された民家やビルは案外すぐ見つかるものだ。 俺は、そんな主を失った建物を解体する会社で働いている。 職場環境は屋外とい...

妄想話

雨宿りの暮雨

狭い飛空艇の操縦席。 唸るエンジン音に耳が慣れてくると震える鼓膜の更に奥、私の脳は静けさを感じ始めていた。 仲間には仕事終わりに一息つく趣味のようなものだと告げているが、本音としてはどうだろうか。 ただ、今日のように空に昇りたくなる日は素直に従う。 雲を突き抜け、高度が安定してし...

妄想話

あかりのあるへや

そんなことがあるものかと、疑われて当然だとは思うが。 喧嘩をしてから実に4年間、私たち夫婦はずっと口をきかなかった。 子どもがいない、二人すれ違いの家庭生活を振り返ってみて何が残ったのか。 はじめは笑いの絶えない夫婦だったのにな、とそんな思いに耽りながら自室のベランダの柵から半...

妄想話

微睡みの記憶

医者の言う通り、ものわすれが激しくなっていることをいよいよ認めざるを得ないのだろう。 悪い足を引きずりながら居間に立ち竦んで、いったい何のために動いたのかを思い出そうとするのだが答えが見当たらない。 昨晩、娘との通話で何を言われたか。それがヒントのような気がするのだが。 母さんや...

無国籍活動集団「alias」

「戦場と書簡と最後の嘘」

「担当の編集者から度々打診されてはいましたが、これまでに自分のことを語ることはありませんでした。 そんな私が自分語りするのはどうも不慣れでむつかしく感じるので、小さな頃からのエピソードなどを順に思い返して語ろうと思いますがよろしいでしょうか?」     「はい。どうぞ先生の...