雨と日照りの対岸

2017-10-22

妄想話



二日ぶりにまわってきた、当番の朝。
相変わらず雨は止まず、風も時折り激しく吹き荒ぶ。
身に着けていた雨着は、家を出てすぐに水浸しになった。
この村の先にある崖を挟んだ、対岸の隣村が見渡せる高台へ、今日も向かう。

軋む階段を一段一段、踏みしめながら上まであがると、前任者は既に姿を消していた。殺風景で狭苦しい板の間が、塞ぎ切れない雨風に晒され濡れていた。
真ん中にある、暖炉の傍に身を寄せるしかなかった。
はぁはぁ、と白い息を吐きながら、弱弱しい陽炎火に薪を焼べる。
雨が降り続けて、十二日目の朝を迎えたのだった。



かじかんだ両手を擦り合わせる。
しかし、幾度重ねようと、胸打つ不穏な鼓動をなだめることはできない。
降り続く連日の雨、雨雲に覆われ狭まった空。
霞んだあの山脈の先を見据えるが、以前として灰色掛かっている。
残された期限はもう、一日しかない。
どうか雨よ、どうか降り止んではくれまいか。
 
崖の上にかかっている跳ね橋は十日前までは雨にうたれながらも微動だにせず、確かにこの二つの村をつないでいたのがここから見てとれたが、今やもう、その跳ね橋は土台だけを残して姿をけしてしまった。昨日、突然ぎしぎしと音を立てながら、横に揺れはじめ、欄干が壊れたかと思えば、橋ごと谷底に落ちていったそうだ。
しばらくはもう、向こう側の村には行けそうにない。

その向こう側の村にも、似たような高台がある。
幼馴染みの監視役が、そこに上ってきたのが遠目に見てとれた。
彼女はどんな思いだろうか。
跳ね橋が、村と村を引き裂いてからは会話を交わせていない。
手紙を弓先にでも結んで放ってみようかと思ったが、文武がからきし駄目なわたしだ。向こう岸まで飛ばせる技量も、彼女へかけてやる言葉も持ち合わせてはいない。


この二つの村は昔、対立していた。
その何十年も前の、先人たちの構想が未だに村民の心を蝕んでいる。
長きに渡って停戦していたが、もうその終わりが迫っている。

 「日照りが二十日間続けば戦を取りやめ、雨が十三日間降り続いたならば戦を再開する」
 


くだらない。
向こう岸にある高台から、彼女が顔を覗かせる。
その手に持っていた火縄銃が、自然とこちらを向いていた。
くだらない。
彼女に向かって両腕を大きく広げてみせる。
ここだ。
彼女が体を僅かに後ろに引いたあと、銃口を上に傾けた。
狙い撃った素振りのつもりだろう。
わたしは大袈裟に床に倒れてみせた。
笑顔でも浮かべてくれただろうか。
くだらない。
私が倒れた衝撃なんぞで、と思うが天井からぽたぽたと新たに雨漏りがはじまった。
天のかみさまよ。
わたしはこのようなことを、この先の世も続けていきたいのだ。

風が弱まった。
まだ雨は止まない。