「担当の編集者から度々打診されてはいましたが、これまでに自分のことを語ることはありませんでした。
そんな私が自分語りするのはどうも不慣れでむつかしく感じるので、小さな頃からのエピソードなどを順に思い返して語ろうと思いますがよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ先生のペースでよろしくお願いします」
「私、小さい頃は嘘ばかりをついて生きていました。
昔を思い返すと、いつも真っ先にそんなことを思い出します。
一人っ子でしたので、もしかすると寂しかったのかもしれませんね。
先生や親に性分を隠し、友人を困らせるのが楽しみでした。
それでもなぜでしょうかね、彼らから嫌われたり怒られたような記憶がないのが不思議です」
「子どもは嘘も真実も垣根のないところがあったりするからでしょうか。
わたしもよく嘘をついて兄弟を泣かせていたような記憶がありますし、友達もよく嘘を並べて遊んでいたような気がします。今となっては可愛い嘘ですが」
「ふふ。そうですか。
しかしですね、私はある時、自分の嘘がきっかけでクラスメイトに大変な迷惑をかけてしまった。
当時、子どもたちの間で人気のあったヒーロー戦隊のショーがありまして、それが近くの商業施設で開かれるということで話題に上っていたのです。
そこで私は週末に行われるそのショーが、前日の金曜日の夜にも行われるという嘘を振りまいてしまったのです。
それを信じたクラスメイトの数人が学校の帰りに様子を見に行ったところ、ショーの準備中に起きた事故に巻き込まれて何人かが怪我をしてしまった。
親には決して人様に迷惑をかけるな、と日頃からよく言われていたものですから大変叱られました。
親に連れられクラスメイトの家を一軒一軒、一緒に謝って回ったそうですが、その時の記憶がありません。
当時は酷く落ち込んでしまいましてね。
私なりに、誰かが傷ついたりするような嘘はつかないという変な拘りがありました。
しかし、嘘というのは受け止めた側にはいかようにも解釈できるものなのだという考えが足りなかったのです。
人を突き動かしてしまう言葉というそのものが大変怖くなり、それからしばらく口がきけなくなりました。
そしてそれ以後は籠りがちになり、よく学校を休むようになりました。
家にいる時はひたすら手を動かして何かを描いていました。
はじめは描いているという、そういう意識はなかったのですが。
部屋の壁に向かって鉛筆で書き殴っていたのです。
これまでについた嘘を思い返してはその内容を壁に書き、その下にごめんなさい、と並べて書いていたら壁一面が真っ黒になって。
次はそれを消しゴムで消しながらあんな嘘もついたこんな嘘もついた、ごめんごめんと。
それがいつしか陰影のついた絵のようなものに変わっていったのです」
「それが、先生の創作のはじまりとなった、というわけですね」
「たぶん、そうだと思います。
それからしばらくすると言葉ではなく、意識した絵を描くようになりました。
怪我を負わせてしまったクラスメイトは私のことをずっと気にかけてくれていて、度々家に顔を出してくれるのですが、いかんせんすらすらと言葉が出ない。
なので彼らとは絵を通して親交を深めました。
当時はやっていた連載漫画の、まだ出ていない次号作を想像して描いたものが特に受けましてね。
こっちの方が面白いと言ってもらえた時のことを今でも鮮明に覚えています。
思春期になれば好きな女の子の絵を描いてほしいと写真を渡され、私が描いたそれを手に告白して彼女が出来たクラスメイトもそういえばいました。
高校は通信制の夜間学校に通い、その頃にやっと少しずつ言葉を取り戻し始めました。
ええ。
その間も、とにかく絵だけは描き続けていましたね。
芸大を出たわけでもないのですが、夜間高校を出てからしばらく、絵だけで生活をおくることができました。
というのも、その夜間高校に絵を扱う仕事に就いていた同級生がいまして。
同級生とはいえ、老人なのですがね。
その方の目に偶然私の作品が適いまして。
大きく離れた人生の先輩との出会いが仕事につながるとは、どこで何があるかなんてほんとにわからないものです」
「先生の幼少期から絵描きとなるまで、なるほど、そんなことがあったのですね。
しかし、現在の先生は絵描きではなく作家として小説を書かれています。
そこからの先の出来事も先生の作家人生に大きな影響を与えたのではないかと思いますが、事前にお伝えしておいた通り、思い出したくなければ語っていただかなくても結構ですので」
「こういう自分を語る機会も、この先あまりないでしょうから、いけるところまで思い返してみましょうか。
ええと、そうですね。
絵を描いて生活するようになり、三年目を迎える頃でした。
展覧会のテーマを絵で表現してほしい、という依頼がやってきました。
絵描きとして経験の浅い私の所へそんな大きな仕事が舞い込んでくるとは思いもせず、飛び上がって喜んだのを覚えています。
それまで、私は自分の運というものを考えたりして生きてこなかったのですが、この頃、ふと自分はとても運のいい人間なのだと思い立ったのです。
私の絵は周りの人間に認められ、慕われ、支援に恵まれ、好きなことをして生活できている。
とても幸せな人間だと思いました。
それまで描いていた作品を止め、そこからは展覧会に向けての絵をああでもないこうでもないと模索しながら何度も何度も試案を重ねましてね。
それまで自分の描きたい絵ばかりを描いていたものが、他人の注文にのせて描くというのはなかなかに難しいものだと思い知らされたことでもありました。
しかし、この仕事を終えた後、またそこから開けていくだろう先の未来のことを思うと楽しくて仕方がなかった。
寝る間も惜しんで作品に没頭することができました。
それはもう、本当に幸せな時間でした」
「ところが、展覧会の為に描かれたはずの作品が残ってはいません。それはなぜでしょうか?」
「ふふ。私はそういう問い方は苦手です。
そう、展覧会そのものが行われなかった。
担当者から、たいへん申し訳ありませんが展覧会は白紙になったと。
展覧会という催し自体の話が嘘だったのか、それともちゃんと明確は事情があって白紙となったのか。
当時の私はそれがあまりものショックで、しっかり事情を確認することも説明してもらうことも恐れ、ただただその話題を避けました。
ですから、あれが何だったのかを未だによく知らないのです。
あなたは、知っているのでしょう?」
「先生がお調べにならなかったということを、わたしの口から知らせるということはお互いに惨いことだと思います」
「そうですね、それについてはやめましょうか。
その件があってから急に絵を描くことに苦しみを感じ始め、やがて創作意欲が湧かなくなり、その焦りを悟られまいと周りの人たちと距離を置き始め、再び私は心を閉ざして引きこもりました」
「そうでしたか。
そこで、先生は絵筆を置かれたのですね。
その後、先生はしばらく消息を絶ちます。
そして、再び日の目を見る時、先生は小説家に転身していた」
「いろいろありましてね。
小説家になる前。引きこもっていた当時、不思議なニュースをテレビで目にしました。
太平洋沖に突如現れた、とある小さな島です。
その領有権を巡って争いが起こっていました。
そこは一切の通信網を受け付けない妙な磁場が張られている自然環境で、その神秘の場をとある新興宗教団体が牛耳ろうとしていました」
「話に少し、語弊があります。
あれは島ではなく、巨大な隕石でしたよね」
「あぁ、そうでしたね。
当時は島だと言っていたのでつい、嘘をついたつもりはありません。
その後の調査で隕石だと報道されていましたね、ごめんなさいね。
そんな妙な場所があるのならば私もいってみたいなと、ただテレビで何処ぞに旅行しているような番組を眺めては感想を抱くような、それに似た漠然としたものだったのですが、そこでまた私に誘いの話がやってきたのです。
しかも、その戦争への参加の話でした。
どうやって、なんで私を誘ったのでしょうか。
それは未だに分かりませんがね」
「は?いや、失礼。
それは、もしかして世界に名高いあの集団のことなのでは?」
「私は嘘は言いませんが、自分から無理に真実や真相を語ることはしませんよ。
この対談も無為自然で私は臨んでいますから」
「重ねて失礼いたしました。
確か、あの隕石を巡っての争いは新たな国を構えようとする新興宗教団体と、それを拒もうとする有志が集った傭兵団との戦争だと公にはされています。
しかし昨今では、その傭兵を集めたのは無国籍活動集団「alias」だと噂されています。
つまり先生は、aliasの団員だった、ということではないのですか?
といいますか、本当にaliasという集団自体は実在しているのですか?
あ、でもそこで、その、人を殺めたことは?」
「質問を重ねてきましたね。
私が無国籍活動集団aliasに加わっていたのかどうか、それは言わないでおきます。
ただ、あの戦争に参加したことは確かです。
また確認していないのでどうとは言えませんが、何人も殺めていることは否定できないだろうと思います。
とはいえ、そもそも、そういうものがあるのか、ないのか、信じる信じないはあなたの自由ですが、どう考えても嘘のような話です。
ですが、一つだけ。
あの活動集団を話題にすることは時に命に係わることもあるそうですので、この先に話を進めるのならば自己責任でお願いしますよ?」
「そうですか、いや、まいったな。
個人的にすごく興味があります。
でも、どこに奴らの耳があるかはわからないですし、怖いですね。
あぁ、でも。
あの、一つだけいいですか?
奴らは何を目的に動いているんですか?
よく噂されているのは明確な目的はなくて、その時々で団員の主張する意思に同調すれば群がりはじめて力を合わせるという、明確な実体のない集団とか聞きますが」
「その言い方だと多数決を取りながら目的を定め、それが形になるように動く。民主主義のようなものだとも受け取れますね」
「違うんですか?」
「はい、とも、いいえとも言えませんが、そのイメージを活用させてもらうならば団員とは蟻のようなものかもしれません。
餌のある所に群がってくる蟻の行列。
その行列への誘いは誰にでもあるようで、そうでもない。
しかしながら、属していながらも働かない蟻もいる。
女王蟻がいないのです。
そのため、巣もありません。
信念のようなものがなく、善悪の区別も定かではない。
この蟻一匹が自らの判断で応援を頼んだり、支援を要請する。
そして、時には平気で無視したり見殺しもする。
それは、別にこの世の中において珍しいことではないような気もしますがね?
とはいえ、すこし喋りすぎましたか。」
「何だか怖くなってきました。
オブラートに包まれた話が余計に。
ところで、話が大きくそれてしまってすみませんでした。
話を先生に戻しましょう。
実は今回の対談に先駆けて先生と親交の深い著名人方に、先生について話を伺ってまいりました。
すると、あの人は本当に冗談でも嘘をつかない人だと皆が揃えて口にします。
ですから、先生が口にすることは全てが噓偽りのないことなのだと思えてならないのです。
それはやはりこれまでのエピソードがあったからなのでしょうね」
「嘘とは自ら発するものを受け止める相手が居てはじめて成り立ちます。
それは他人に対してもですし、自分に対してもそうです。
思い付きや突拍子もなく語った言葉や行動が、本人にはその気がなくても相手には嘘だと取られてしまうこともあります。
人間関係、意思疎通の難しさ、怖さというものは今でも感じております。
しかし、そんなものを怖がっていては深いところでは相手と分かち合えないのではないかとも思います。
だから恐れずに、自分の心にあることを信じて相手に正直に伝える。
その言葉が仮に相手を傷つけようとも必要だと思えば誤魔化したりせず、正直に伝えて向き合う。
きっと、あの少年時代の苦しみ、戦場で目にした阿鼻叫喚を経て、私はそうやって生きようと決めたんでしょう。
先ほどのあなたからの言葉。親しい人たちからそんな風にみてもらえていたとは、うれしく思いますよ」
「多くの人には到底行きつけないだろう強さがそこにあると思います。
その強さこそが、先生の書く数多のお話に活かされているではと感じますが?」
「そう感じましたか。
どうでしょう。
いや。格好いいことを語った後で申し訳ないですが、やはり強い人間などいませんよ。
今でもどうしても心が苦しいとき、私は嘘をつくことを許していますから。
表に出さないだけでね。
しかもその方法が、少し他人とは違うのだろうと思います。
私はそれを小説の世界に移して、自制しているのですから。
きっかけはやはりあの戦場でした。
耐え難い光景が目の前を行き交う。
目を逸らしたくもなれば、受け止められずに発狂しそうになる。
しかも、延々とその苦しみは押し寄せてくる。
その内、心がマヒしてくるのを感じたのです。
私はこのままではまずいと思い、これ以上は感情を侵食されまいと、小さな頃にお得意だった嘘を塗り固めた壁で自分を守ろうとしました。
そして、気付けばその嘘を大っぴらな形にすることで精神の安定を図っていました。
短い物語を書くようになっていたのです。
私の中にある嘘を物語にして耐え難い戦況に対抗しました。
その日亡くなった戦友があたかも今、ここにいるようにして談笑している様子を書いてみたり、自分が殺めただろう敵は実は生きていて、今は国に戻って家族の元に居る、などという作り話でしたが、それを何度も何度も読み返しました。
そんな私が作った取り留めのない話が戦友たちの間で読まれ、やがて同じように戦いの合間を縫って自分で小説を書くことが広まっていったのです。
そして私は戦地から戻った後も、その習慣を続けていたというわけです。
それが私が小説家となった馴れ初めです」
先生の瞳の奥が鈍く光ったような気がした。
そしてやや声を落として、そろそろ終わりにしようと思いますが、と前置きした後に先生は語った。
「君に一つ、伝えておきたいことがある。
実は私は病気で長くない。
最後に一つ、私はこの世に大きな嘘を残したまま死のうと思う。
その嘘の処分を、君にお願いしたい。
どのようにしていただいても別にかまわないから、どうだろう。
それを引き受けてくれないだろうか?」
ー ー ー ー
先生は本当に死んでしまった。
対談から一月足らずでこの世を去った。
先生が最後についた嘘とは何だったのだろう。
よく、嘘にはいい嘘と悪い嘘があるというが。
葬儀は先生の望み通りに近しい関係者だけで行われた。
そこへ一度だけ対話した私が呼ばれたのは、あの去り際の先生の願いを承諾したからだろう。
葬儀の時、何も書かれていない封筒を先生の娘から私にへと手渡された。
中には鍵が一つ入っていた。
娘は言った。
「父の遺言です。最後の嘘がそこにある、だそうです」
ー ー ー ー
翌日の朝、先生が昔育ったという生家を訪ねる為、車を走らせた。
高速を飛ばして目的の場所に近い最寄り駅の前に辿り着くころ、時刻は昼をまわっていた。
昔はそれなりの人口で賑わっていたようだが、現在では駅前にタクシーはたったの一台しかないような田舎だった。
随分と昔に閉鎖されただろう崩れかけた商業施設跡を過ぎると、そこからの信号は点滅ばかりで、10分もしないうちに目的地に着いた。
二階建ての木造家屋の前で佇む。
草木が伸び放題で少し中に入るのを躊躇ってしまった。
それらをかき分けて玄関口までたどり着くと、ポケットから昨日受け取った鍵を取り出す。
音を立てて、鍵は思っていたよりもすんなりと回った。
中はガランとしていて何もなかったが、目に映るもの、立ち込める匂い、軋む廊下とその全てのものが古さを醸し出していた。
これといって何もない一階の部屋をぐるりと回った後、二階にいくとそこには棚が並んでいて数多くのファイルがぎっしりと埋め尽くされていた。
背表紙には何も書かれていない。
その中の一冊を手に取り開くと、中には茶色に変色した紙が多くファイリングされていた。
小説の原案のように見えた。
タイトル名が視界をパラパラと横切る。
そのすぐ下には先生のものとは全く違う名前が幾人分も添えてあった。
不思議なことに、手書きばかりで、筆跡も言語も全てがバラバラであった。
いくつもいくつも並んだ小説群をパラパラと捲るたびに、全く異なる温度差、風景の物語が広がり、軽い眩暈におそわれた。
これはいったい、どういうことなのだろう。
一瞬、先生の心もとない表情が浮かんだ。
みたこともないのに。
先生の経歴では、一時戦地で取材していた記者時代というものがあると公けにされているが、あの日の話通りならば先生は傭兵を指揮するaliasの一員として活動したことになる。
机に近づいて引き出しを開けると、その戦地の写真が奥から出てきた。
その内の何枚かに目を通しているうちに、わたしの頭の中で先生という作家が実はどういう人物であったのかが少しずつ明らかになってきた。
あの時、先生が参加したあの隕石での争いは磁場が歪んでいることで電子機器は役に立たず、近代的な戦闘手段が用いられなかったことで知られている。
また他にもあの隕石の上ではその現象を説明することが出来ないような不可解な出来事が多かったという話が残っていた。
銃の弾はまっすぐに飛ばず、大きな山もないのに声が反響する。
そして、なぜか食料が腐ることがなかったそうだ。
終戦後、爆破され姿を消した大きな隕石。
今ではその場所も、争いがあったことさえ忘れ去られようとしている。
そんな場所で撮られた写真を眺めていると、宇宙船から不時着した無機質な鉛色の星の上でバカンスを過ごす、軍服姿の男達のワンシーンに見えなくもない。
しかし、いま注視するべきことは、その写真の多くに、この部屋のファイルに挟んであるような紙が多く写り込んでいるということだ。
昔から、戦地には娯楽の一つとして読書があった。
本土から贈られてくる書物は、兵士たちの間に僅かばかりの安息をもたらしたそうだ。
現実離れした状況に身を置くということは正気を保つことが難しい。
兵士たちはそれが例え作り物の世界であっても、それに縋り、夢を見て流れゆく銃弾の中を潜り抜けたのだ。
しかし、どうして先生がそんな逸脱した苦境への誘いに乗って戦地に身を投じたのかはわからない。
ただ、ひとつ言えることは、先生はそこで戦友たちと時を過ごし、そして生まれた数多の者が手掛けた小説の多くをかき集め、持ち帰ったということだ。
そしてその中から選んだ作品を手直しして、あたかも自分の作品のようにして発表したのだろう。
「それが、先生の残した嘘でしょう?」
先生はどんな思いで、この部屋で数多の原稿を眺め、時を過ごしていたのだろう。
思いを馳せるようにして上を見上げると、そこには天井画が広がっていた。
「あぁ。しかしこれは、まずい。
いや、すごい」
先生はあの戦争で何があったのかを詳しく語らなかったのではなかった。
語れなかったのだ。
この眼前に広がる絵をみればそんな気がしてくる。
あの戦争で感じたことを元に描かれている。
絵をやめたのではない。
この一点の作品に没頭したのだ。
先生が語ることの難しさを詫びているような気がした。
嘘ではない。
けれど、嘘にしか見えないような世界。
絵は一人の人間が生まれて死んでいくまでが細かく描かれている。
肉体と魂が合わさって生命が形成されたとしても、それが独りでに脈打たない限り生きているとはいえない。
祝福されこの世に生を享けた人は鼓動を重ねるごとに成長し、やがていくつもの出会いを経て大きくなっていく。
一人の人間にスポットが当てられているようであって、その人の周りに描かれている全ての者達もしっかりと描かれている。
人間達が確かにそこにいる。
それら全てが繋がり合って、より一人の人間が際立って見える。
善意も悪意も含めた行為が一人の人間を行を表している。
しかし、その物語の連鎖は突如として終わりを迎える。
地に伏せる一人の兵士の姿。
残された人々、あったはずの未来、零れ落ちた夢。
倒れた兵士を黒い影が抱えて、天井の敷居を跨いで走り去る。
よくよくみれば、全ての人間の後ろに黒い影が蔓延っている。
何が行われているのかは定かではない。
あの戦争で生き残ったのは僅かだという。
そして、帰還した者の多くが何も語らない。
絵はこの世の不条理を伝えようとしているのだと感じた。
しかし、案外この世界自体は実は随分とちっぽけで、例えばその外からやってきた新しいものの存在で簡単に激変してしまうほど、実は力ないものに私たちは縛られ従っているような気もする。
あの隕石が絵の隅に描かれている。
隕石が運んできたものとは何だったのだろう。
隕石から這い出ている、あの黒い影はいったい何なのですか。
何を見せられていたのですか。
「先生、この絵はいったい何なんでしょうか。
不思議な絵で、延々と見ていられそうです。
出来れば、先生とご一緒にこの絵を見上げたかったです」
ー ー ー ー
報告します。
「団員のコードナンバー0913の捜索及び、調査に関しての報告。
対象者は我々の活動に関しては近親者やその他、誰にもその全容を明かしていなかったとみられる。
現在は既に逝…死亡しており、本日付で家宅捜索を実行。
その際、天井画を一点発見。
また、巨大隕石で撮られたと思われる写真を複数枚発見。
その他には今後の活動に影響を与えるような資料は発見されなかった。
天井画、これに関しては早急に何らかの対処が必要だと思われる。
撮影物を一枚送る。
同調されるもの、応援を願いたい。
私はしばらくこの場に残り報告を待つ。
これにて、コードナンバー0913の調査を終わる。
報告は以上である」
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