光に群がる、小さな羽虫。
そいつらがうらやましかった。
理性もなく、ただ本能に導かれるようにして生きる。
名も知れぬただの虫。
今は成れるものならば何でも、とそう思った。
意識を取り戻してから、少なくとも数時間は身動きが取れずにここに居る。
周囲は静まり返っていて、自分の呼吸音だけが荒々しく耳に残る。
今はただ、がれきの中でひたすら救助を待つ身だ、と思っているのだが。
というのも、何が私にこの状況を与えたのか、実は解らない。
人がごった返す、主要駅に隣接する商業ビルの地下で、私はいつものように休日を過ごしていたはずだった。
馴染みのカフェで軽食を取って、まわりが情報端末機器を触ったり、読書に耽るなか、その日の私は何を目の前に持ってきてもしっくりこない具合で、トートバッグに詰めた来週の仕事で扱う資料を出したり引っ込めたりを何度か繰り返した後に店を出た。
そう。
そこまでは覚えているのだが、そこから先、地下道を歩いていたあたりからの記憶が曖昧となり、そして現在に至る。
暗闇の中、時おり陽が刺すことがあった。
太陽の傾きで、がれきの合間を縫って光が底まで届いたのだろう。
照らされた部分だけが熱を持ち、じりじりと音を立てている。
煙まであがってきそうな勢いだ、と思うとそんな燻りも目に浮かぶようだった。
もう、幻覚も幻聴も何でもいい。
参った。
苦しい。
降参だ。
蒸し暑く、のどが渇いてたまらないのだ。
水が欲しい。
でも、私の手は潰れ 足は歪んでいる。
顔だけで這っていけないものかと首元をうごめかす。
おかしなことをしている。
もう自分は限界なのだろう。
そんな時、小さな羽虫がゆらゆらと浮かび上がって見えたのだった。
羽虫は光を辿って、この奈落の底から抜け出ていく。
「私も連れて行ってくれないか」
しゃがれた声に答えてくれるものは何もない。
誰かが私を救助してくれるような、そんな都合の好さそうな物音も一切しない。
人は生まれながらにして死しか待ってくれていないのだと、当たり前のことに今さら気付く。
でも、早かろうと遅かろうと。
それが何なのだ。
唄が聞こえてきた。
違う。
無意識に私自身が口ずさんでいた。
力ない、吐き出すメロディーに乗せられ羽虫は揺らめき、光の糸を辿って、上へ上へと上っていく。
すると不自然なことに気付いた。
羽虫が減らないどころか増えているではないか。
その時、陽の光が私の胸のあたりを強く照らし出した。
動かせる頭部をもたげて、その画を目にして答えに行き着く。
私の体から産まれていく、無数の羽虫。
肌を喰い破り、血を啜り、羽を広げ飛び立つ。
あぁ、そうなのか。
そうなのか。
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