ひよこばってりぃ

2017-10-29

妄想話

ピヨピヨという鳴き声が、暗闇の先にある扇風機の土台部分から聞こえてくる。
肌寒いこの季節、そのけったいな扇風機を回すことには一つの理由があった。
預かった洗濯物を、この一晩の間に急いで乾かさなければならないのだ。
そして、その他人の洋服を明日の朝に持ち主の元へ届けなければならない。

しかし不思議なことに洗濯してからというもの、数時間も経っているのに、干された洗濯物は一向に乾かない。
生憎、そとは雨が降り続いていて部屋干ししかできず、夜風も当てられない。ドライアーの熱風を押し当てたりして試してみるものの無駄に終わってしまうのだ。
翌朝には持ち主の所へ洗濯物を持っていかなければならない、という使命感と、残業が続き、明日も休日出勤だから早く寝て体を休めなければならないという危機感に苛まれ、わたしは一つの賭けに出ることにした。

ひよこばってりぃ、である。
わたしが使っている扇風機はひよこ社製のもので、別途付属のバッテリーが同梱されている。
ひよこが歩き回ったり鳴いたりするエネルギーを風に乗せると、部屋干しした洗濯物がふっくら優しく乾きます、と巷で噂の使い切りバッテリーだ。
わたしは今までそのひよこばってりぃを使用したことはなかった。
なんとなくもったいなくて大切にとっておいたのだが、しかしいよいよ開封する時が来たのだと、保管していたものの中身を優しく取り出した。
部屋干ししている部屋にピヨピヨという賑やかな鳴き声がこだまする。
わたしはその五匹のひよこを扇風機の土台を開けてセットした。
そっと蓋を閉めると扇風機は緩やかに回り始めた。
その不規則な回転を眺めていると急な眠気に襲われ、わたしは隣の部屋でピヨピヨという子守歌に包まれながら瞼を落とした。
 

翌朝、急いで飛び起きると洗濯物の元へ駆け寄った。
手に取った洗濯物はふんわり優しい肌触りをしていて、乾ききっていた。
よかった、と安堵する気持ちの後、ひよこはどうなっているのだろうと気になり、土台部分を覗いてみた。
一匹が動かずに小さな目を閉じ、横たわっていた。
手に取ると冷たくなっている。
 
その日の晩も、その次の晩も、洗濯物は続いた。
わたしの洗濯物はただの送風でも乾く気配があるのに、その他人の洗濯物だけはひよこばってりぃでなければ乾かなかった。
一日が経つごとに、ひよこは一匹ずつ数を減らしていった。
わたしは日に日に小さくなるピヨピヨという鳴き声がたまらなく悲しかった。
しかし、説明書に記載されている通りに動かなくなったひよこはご家庭の可燃ごみに、という指示に従いゴミ袋に収めると、どこか厄介な感情も一緒に捨て去ったような、楽な気持ちがこの身を擁護してくれた。
 
五匹目が冷たくなった朝も、無事に乾いた洗濯物を持ち主へ届けた。
ひよこ社製の新しい洗濯機が届いたから、という持ち主の言葉で、わたしはその妙な洗濯物から解放された。
別れ際。
あ、ちょっと待って、と呼び止めて、洗濯物が入った袋をもう一度自分の元へ手繰り寄せた。
袋を開くと、かぐわしい甘い香りが仄かにたちのぼってくる。
お別れだ。
胸いっぱいに、短い命の名残を充満させる。
やっぱり気のせいだったと突き返して、わたしは職場に向かった。