もうやめなよ。プレゼントの値段を検索するの。

2015-12-05

妄想話

 

「ナミ、もうさ。いい加減やめたら?」
今日もまた、あの日だと分かるとついつい口からこぼれてしまう。

ナミの偽りの誕生日だ。

いつも通り、ん~なにが?という返事だけが返ってくる。

手を休めることはなく、こちらを振り向きもせず。

たくさんのプレゼントと向き合ったまま、ナミは作業を続ける。

 


ナミと私は、ルームシェアを6年、出会いから数えると10年くらいの付き合いになる。

大学時代、演劇のサークルで出会い意気投合。

卒業後は就職先が近かったため、一戸建ての古民家を折半で借りて、一緒に暮らす運びとなった。

 

まぁ、ここまで一緒に生活するとは正直、想像していなかったけれど。

後々知ったことだが、ナミは就職した2か月後には大手企業を辞めていたらしく、私が知らないところで定期的に新しい彼氏をつくっては部屋にときどき呼んでいたらしい。

ナミは私とは全く違う人間なのだと、一緒に生活をはじめてからようやく気付いた。

 

床に並べられた大小いくつもの商品。

隣の部屋にはすでに折りたたまれ、立てかけられたダンボール、その脇には積み重なった包装紙が幅を利かせている。

ナミはスマホを手にプレゼントを吟味していく。

箱に付箋を貼り付けては、手早くペンで書きこんでいく。

付箋にはネット通販サイト「密林マングローブ」で調べた価格が書かれ、「転売」「私用」「撮影用」…などなど、仕訳が淡々と進んでいく。

毎回、おこぼれとして私の名前が書かれるものが何点かあり、ありがたく頂戴している。

「仕事しながらご飯作ってくれたり、掃除、洗濯もしてくれて。いつもありがとう、と言われながら渡される分け前を断る理由はないでしょう?」

ナミはいつもプレゼントのおこぼれと一緒に封筒を渡してくれる。

ふたりで暮らすには十分すぎる生活費が、いつもそこには余分に入っている。

共同生活用に作った通帳残高は順調に増える一方だ。

 

仕事を辞めてからのナミは動画配信サイトに連携登録している「ほしいんだモノリスト」だけで生計を立てている。

ほんとうにそれだけなのかどうかは知らないけれど、とりあえず家にはずっと居る。

動画配信では、巧みな話術とその美貌を駆使し、世界中に「彼氏」を作り続けている。

その「彼氏」達に「誕生日には「ほしいんだモノリスト」の中からプレゼントしてねっ」とお願いすると、本当にプレゼントが送られてくる。

複数の「彼氏」から届く誕生日プレゼント。

 

ナミは複数のアカウントを操り、その都度、言語に話し方、髪型、服装からメイク、部屋の背景にいたるまで、アカウントごとに姿かたちを変えているらしい。

そのつくり上げられた幾つもの姿にすっかり騙され、同じ人物から複数の「化けたナミ」充てに、プレゼントが届くことも珍しくないという。

今日は「今年50回目の誕生日」だそうだ。

朝から続々と、いろいろな配達業者がこの部屋のベルを鳴らしにやってくる。

毎度のことながら、私にはそれがふしぎな景色に見えてならない。

匿名配送でこんなに大量に荷物が、しかもほぼ定期的にこの家にはやってくる。

配達員は何を思っているのだろうか。

非日常な生活を送るナミ。

そのすぐ傍にいる私。

まぁ、私も多少おこぼれにあやかるし、生活費の多くをいつの間にかナミが出して、私は家事を担当するという流れの中で、それが上手くはまっていると感じる部分は正直ある。

だから内心は100%反対できていないところはある。

でも、やっぱりこういう生活の仕方はどうなの、と思う。

いつまでいけるのかな、って。

けれどもナミは「一生これで生きていく、あたしの天職だからさ」と断言してしまうのだ。

 

 


 ー ー ー ー ー


なんでだろう。

今日。珍しく喧嘩をしたのだった。

前々からこの日に、私宛の荷物が昼間に届く予定だから受け取りをお願いね、とナミに頼んでいたのに、ナミは夜中に動画配信をしていて、昼間はずっと寝てしまっていたようだ。

「ずっと家にいるんだから、ちょっとした私の荷物くらい受け取ってくれてもいいよね?」

私のその一言から話はあらぬ方向に飛び始め、ベランダに放置してある置物、冷蔵庫の使い方、ごみの分別、生活音のことなど、急に揉めはじめた。

そして鬱憤は矛先を変え、ついに私の仕事にまで及んできたので、思わずナミに向かって常日頃思っていたことを改めてぶちまけた。

「先のことを忠告するのもどうかと思うけどさ。40、50歳になってもこんな方法で生活するなんてことが通用するものか」

口から出た後、あぁ言ってしまったなと少し後悔したが、ナミは少し悲しそうな顔をみせるとこう返してきた。

 

「大丈夫、60歳以上の姿でも動画配信してる。知らないだろうからさ、教えてあげる。あたしを支援してくれる上客は、高齢者の方が圧倒的に多いんだから。ついでに言ってしまえば性別も関係ない。男装のほうが楽な時だってあるんだよ」

 

私は何も言い返せず、その場を立ち去るほかなかった。

これまで共同生活が続いてこれたのは、ふたりの生活リズムが重なりにくく、お互いに深く干渉しないという性格がなによりも大きかったからだと、そう思っていた。

でも実際には、私が物事について深く考えることをせず、単純で鈍感で、それでいて無知な人間で、彼女はそんな私を見かねて助けてくれていた。

それも、適度な距離を保ちながら、ずっと気にかけてくれていた。

そう、薄々感じてはいたのだけれど、分かっていたけれど。

そんな彼女の気遣いにたいして気付かないようなふりを、私はといえば、どうしようもない私自身を見て見ぬふりをしていた。

 

「わたしは平均、もしくはそれ以下の人生」

そういえば、そんなことを出会って間もない頃、彼女の前で自虐的につぶやいたことがあった。本気で叱られた。

なんでだろう。

それから、彼女と一緒に時間を過ごすことが増えた。

やがて、彼女と一緒に暮らしていく日々の中で、自分はやっぱりダメな人間のように思えた。

変わりたくても変われない自分。

これといった趣味がもてず、彼氏はもうずっといない。

最近は会社の人間関係に悩んで、仕事も成果が出なくなっていた。

自分の性格をがんばって社会の中に当てはめようとしても、なかなか望みの薄い未来しか、やっぱり私には見えてこないのだった。

私は、彼女のような。

自立した生き方ができる強い女に、本当はなりたかったんだよ。

 

 - - - - -

 

ふらりと立ち寄ったドラッグストアで、お気に入りの食器洗い用洗剤を見つける。

期間限定商品で香りが従来品のものとは違っている。

頑固な油汚れがなぜかサラサラして、食器の洗い上がりが気持ち良くて気に入っている。

あれ、でもこの値段ってネットで買った方が安かったかな?と思い、その場で検索する。

どうしようか。店頭の方がセール品だというのに少し高かった。

しかしこの前、ひっきりなしに家へやってきた配達員たちの忙しそうな姿が脳裏によぎると、そのまま買い物カゴに入れてしまった。

「弱いなぁ。なんでだろう」

真剣な顔でプレゼントの査定をしていたナミの顔を思いだす。

みんな、必死でいきている。

今の私はどんな顔をしているのだろうか。

思わず隣の化粧品コーナーにあった鏡を、遠目からまじまじと見つめてしまう。

 

あの日以来、会話が減ってしまった。

ナミから私への接し方は何も変わらない。

私がただ、なんとなく避けてしまうのだ。

普段は行かないような家から離れたスーパーの前。

いつの間にか立ち尽くしていた。

自動ドアが開き、中から年老いた老人夫婦が出てきた。

入れ替わるようにしてそこへ吸い寄せられ、カゴも持たずにウロウロする。

そうだ、今日は久しぶりにナミと一緒に夕飯を食べようと、思い立ったフリをする。

ほんとうに、めんどうくさい性格。

でも、ナミが今晩、食べたいと口にするメニューだけはすぐに思い浮かんでくる自分。

なんでだろう。

今、ちょっとだけ、自分を愛せるような気がした。