生まれてきたあなたへ β版

2026-06-21

生まれてきたあなたへ

 無職の頃、日課としてほぼ毎日一時間以上の外歩きを繰り返した。

でもどんなに歩いても、今の自分が置かれた境遇に対しての不安や不満の想いを拭い去ることはできなかった。

「何の罰ゲームだよ。

早朝、ただ毎日歩くということを繰り返しているだけ。

すれ違うスーツ姿の男を直視できない。

生産性のない日々に、焦っている。

こうしている間にも時間は経過する。

履歴書に書く空白期間が、ただただ伸びていく。

目の前を過ぎて行く景色。

もしもそれが、少しでも明日の生活につながればなぁ」

 



 ー ー ー ー

新卒で就職した会社を、半年と持たずに辞めてしまった。
新しい仕事を探してみるものの、なかなか思うような仕事がみつからない。
私のそんな近況を知った古くからの友人の勧めで、新しいアルバイトをはじめた。

 「(株)君がいて、ぼくがいる」という名前の会社だが、一度も聞いたことのない企業だった。
友人曰く、「頼まれたものを代行して買ってきてあげるバイト、簡単だよ」と。
彼は、何を不安がってるの?どん底まで落ちて、失うものなどないですよね?と言いたげな表情で軽く言ってのけた。
メンタルが弱り切った今の私でも出来るのだろうかとかなり不安だったが、日々減っていく残り資金に焦りを感じた私は、バイトの説明会に参加することにした。

「買い物代行」と友人に聞かされていたから、内容の多くは老人や体の不自由な人を対象にしたサービスなのだろうと思った。きっと、近くのスーパーでおつかいをして届けるくらいのものだろうと。
実際、「まぁ、参考に…」と友人との別れ際に手渡されたパンフレットにもそんな風に書かれていた。
依頼内容「買い物代行 編」の項目に目を通すと、こんな一文で締めくくられていた。

「あなたが誰かにお買い物を頼んだ時、ただ届けられることを待つだけでは味気ないし温かみもないと感じませんか?わたしたちと一緒に、買い物をすることの楽しみ・喜び・興奮…それらを真心こめてお客様のもとへお届けしましょうよ!」

 

その通りだった。
何が?
仕事内容が、だ。

このアルバイトは、始業開始時間までに勤務先に行って「メガネ」を受け取るところから始まる。

その「メガネ」はフレーム部分にWebカメラ、そしてレンズにはモニター機能を搭載している。

「メガネ」をかけるとモニターに依頼内容が映し出されるので、基本的にはその依頼通りに行動することさえ間違えなければ問題はない。

依頼内容はいつも3つほど表示され、その………



 ー ー ー ー

このバイトは、始業開始時間までに勤務先に行って「メガネ」を受け取るところから始まる。

その「メガネ」のフレームにはWebカメラ、レンズ部分にはモニター機能を搭載している。

 

「メガネ」をかけるとモニターに依頼内容が映し出されるので、基本的にはその依頼通りに行動することさえ間違えなければ問題はない。

「依頼内容は3つ表示され、その中から好きなものを選択することが出来る」

 説明会に参加したとき、この選択できるという部分に「久しぶりに働く」という緊張感が少し和らぐのを感じた。
よく「無理のない、あなたのペースで働けます!」とかいう求人広告に掲載されている殺し文句が頭をよぎったが、きっと私はどこか心に余裕が欲しかったのだろう。
依頼内容によって拘束時間も時給単価も違ってくるが、今はとにかく時間が短いものを優先して、それから依頼内容を比べて選択することに決めた。
時給は、判断材料としては優先順位の一番最後にまわした。
お金に余裕はないのだが、無職生活を重ねるうちに精神的にも肉体的にも自信を無くしてしまっている為、これ以上つまづくと立ち上がれそうにないという予感がしたからだ。

リハビリがてら、無理のないように。
でもどうせなら楽しんでバイトをしていきたい、と弱気でありながらわがままだった。


 ー ー ー ー


「メガネ」は見た目には、本当にただのメガネだった。
でも、そのメガネに搭載されたレンズを通して、見知らぬ誰かの目になるのだと意識すると「メガネ」から異様な熱を感じるような気がした。
仕事場の専用窓口で「メガネ」を渡され、しばらく手にとって眺めていたが意を決してその「メガネ」をかけてみた。

モニター部分に文字が浮かんでいる。
依頼内容だ。
上から順に1,2,3とナンバリングされ、業務依頼が続いている。
その横には拘束時間と時給が表示されている。
更にその右に、数字があるが。何の数字だろうか。
音声認識操作を使って、依頼番号を宣言する。
「1番」と告げたその声は、ふるえ声だった。


 ー ー ー ー


初めての依頼で私が選んだものは、小学生のおつかいのような仕事内容だった。

「セブンかイレブン、どちらかのコンビニで新作のチロレチョコと一番値段の高いカップ麺を買ってきて」

他の選択項目は「〇△市でプレオープンするモールを訪ね、ブログ用の写真を撮ってくること」「〇○駅前のコンビニで超短期、一時間のバイト、おねがいしゃす!(経験者希望!)」


「依頼で買い物をする必要がある時には、依頼主の元へ買ったものを直接持っていかなくてはならないのだろうか」

依頼された通りの商品を、支給されたプリペイドカードを使ってレジで会計をするという時になってから、そんな疑問がわいてきた。
ヒヤリとしながらも、品物はレジ棚に並べてしまっている。
ところが、思わぬ方向から助け舟がやってきた。

「あらかじめ渡されている専用の袋があるでしょ?それに支給された伝票を張り付けて、あとは買った品物を入れて最寄りのコンビニで渡せばいい。つまりここでこのまま渡せばいい」

目の前のコンビニ定員から助言がきて驚いた。

 

目の前のメガネをかけたスキンヘッド頭のコンビニ定員が、

「このバイト、はじめてですか?」

という言葉の後に続けて教えてくれた。
どうやら彼のメガネも私がつけているものと同じもののようだ。

「ありがとうございました。また、おこしくださいませ」

はじめてのおつかいを終えた私をあたたかな目で見送る店員。
私は逃げるようにしてコンビニを出た。
そして、出たと同時に、目の前にあるポストにゆっくりと近づきメガネを外した。
一つの要件を済ませれば、次の依頼の選択画面がモニターに映し出されるのだが、

「今日はもう疲れた。もう止めておこう。帰って横になりたい」

と思うのならば、その時点でバイトを切り上げて帰ることもできる。
これこそが、このバイトの一番おいしいところだと私は思った。
業務終了時には「メガネ」と支給されたプリペイドカード等を専用の封筒に入れて近くのポストに投函して返却する。
ここまで済ませるとあとは自由になれる
「メガネ」の映像データは、再度会社で確認され、審査で合格すればすぐに給与が振り込まれる。

私が一連の行動が「メガネ」のWebカメラを通した商品となる。
さきほどまで、私がコンビニで買い物をしていた景色は、依頼人をどんな気持ちにさせただろうか。
まぁ、とりあえず、依頼内容はクリアできた。
そう考えると先程までの緊張感が解かれて、久しぶりに満足感を得ることができた。
ふしぎなバイトといえど立派な仕事だと、誰かに大きな声で伝えたい気持ちが沸いてきた。
自宅までの帰り道、そういえば久しぶりに初対面の人と会話したなと、そう思った。





 ー ー ー ー


はじめてのバイトを終えて「メガネ」を返却した翌日の朝、私はバイト先には行かなかった。
バイトは好きな時間に働くことができて、働きたくなったら会社に行って専用受付で「メガネ」を受け取り、三択の中から好きな要件を選んで実行する。
それをとりあえず一度済ませたのだが、こんなことでお金が得られるのだろうか、得ていいのだろうかという疑いと戸惑いの心が沸いてきて、ずっと落ち着きがなかった。
横になったまま天井を見上げていて、ふと思う。
昨日のコンビニでの買い物を代行するという仕事。
頼まれた人が買い物をする様子を眺める事に、もしも私がお金を払ってまで望むことがあるのならば、その理由はいったい何だろうか。
そんなことを希望した人がいるということに、世の中には自分の理解が及ばないことにお金を払う人がいるのだなと、不思議に思った。
しかし実際に、Webカメラを通した向こう側にその依頼人がいたのだと考えると、妙なつながりを意識してしまう。

「メガネ」を通して何がみえたのか。あなたは、何を見たかったのか。


 ー ー ー ー


昼過ぎ、ネットバンクにログインしてみると、お金が振り込まれていた。
1000円。
一時間の業務予定時間だったが、実際にコンビニで買い物を済ませて、「メガネ」をポストに入れて返却するまでの時間は15分もなかったと思う。 

「15分働いて、1000円。お腹、減ったなぁ」 

 感情をこめないような独り言をつぶやきながら、内心ほくそ笑んでいる自分を感じた。
昨日、そのバイトの依頼でつかったコンビニに行くと、昨日アドバイスしてくれたスキンヘッドの「メガネ」をかけたバイト店員がまた居た。

 

「依頼請負人のメガネに搭載されたWebカメラの映像データ。
これは、映像データを解析処理する機関を経由して、はじめて映像サービスが依頼主に提供されている。
依頼主はネットで依頼要件を設定入力して、仮登録をするところからはじまる。
その依頼内容での支払料金が瞬時に計算されて提示されるから、その金額に納得した場合には「予約ボタン」を押す。
すると「手続き完了」となる。
買い物料金、移動費用などが別途発生する場合、依頼料にその費用を加算した金額が追加で請求されることもお忘れなく」

別にこちらから聞いたわけでもないのだが、少し疑問に思っていたことを言ってくれたので、カップ麺に加えてレジ横の「かりあげくん スパイシー」を追加で注文した。

すると、またこの店員は話し始める。

「迷っていたでしょ?
実際にお金が振り込まれるまでは。
ぼくもそうだったからさ。
バイトは「メガネ」で会社に管理されているから、タイムカードが存在しないけど映像データがその代わりに使われているんだ。
ぼくはとりあえず支払いがなかったことは一度もないけど」

と早口にまくしたてると、

「お待たせしました。またお越しくださいませ」

と急に余所余所しくなり、私に別れを告げた。



 ー ー ー ー


翌日、朝から会社に向かう私がいた。
「球団応援 ダンス&ヴォーカルユニットの限定クリアファイルを並んでGetせよ!」

という要件が、私のバイト二回目に選択した依頼だった。
配布会場が近いこともあったし、ただ並んでいるだけでお金がもらえるのならばと喜んで依頼を選択した。
配布予定時間の5時間前からの依頼要件。時給もなかなかの額だ。音楽を聞いたり、うたた寝をしながらひたすら並び続けた。
こういうイベントに参加することが初めてだったが、朝早くから列を作る人間がいることに驚いた。限定200個のクリアファイル一枚を貰う為に並ぶ人間が早朝から沢山いる。
だが、そのことよりも私の「メガネ」を通して並んでいる様子を見る人間がいることにさらに驚く。
何も楽しくないだろうと思う。何も変わらない景色。目の前には「Bsgirl」とかかれたベースボールキャップをかぶった男しか映らない。
自分の代わりに並ばせているという優越感でも欲しいのだろうか。
私は別に、依頼のクリアファイルを貰うことさえできればお金がもらえるからそれでいいのだが。





 

 ー ー ー ー 


「Bsgirlというグループの限定クリアファイルを並んで手に入れる」
それが出来れば報酬が得られる。
それだけが今日を生きる上での完全なるモチベーションだった。
朝はたいへん冷え込む季節だというのに、私の前には数人が並んでいる。
後ろを振り返れば、さらにその何倍も並んでいる。
この時点では余裕で依頼をクリアできると思っていた。
仮に限定20名だったとしてもGetできる位置取りだったからだ。

しかしそのとき、急な展開が目の前で起きた。
突然、私の前に並んでいた連中が急に列から引き離されだした。
依頼された時間内に要件を済ませることが出来ないかもしれないという、嫌な予感がした。
どうやら私の前に並んでいた数人が、これまでのイベントで問題を起こしていた連中だったらしく、警備員に列から引き離されたのだ。
その時、何故か私の腕をつかんだ一人の男が叫んだ。
ブラックリストに載っていると思われる輩が、こいつも仲間だと叫んだのだ。
そう、私の目の前にいた「Bsgirl」と書かれたキャップをかぶっていた野郎だ。
私は一瞬、どうしたらいいのかわからなくなった。

 

私は素直にブラックリストの連中と一緒に場内の一室に通される。
仮に指定時間以内にクリア出来なかった場合、ペナルティはあるのか、規定ではどのように定められていたのか覚えていない。
呼吸が苦しくなるほどの不安が沸いてきて、もうそのことで頭がいっぱいになった。


 ー ー ー ー


無機質な部屋で私は待たされていた。
1人1人がイベント関係者に尋問され、やっと最後に部屋の隅に居た私に順番が回ってきた。
もう、すでに依頼予定時間を過ぎていた。
私は「なにもしていません」と一言だけ言った。
すると、イベント関係者は

「でしょうね。そう思います。災難でしたね…でも、なぜもっと強気にあの場で否定しなかったのですか?あなた…」

と何故かイライラされて、その後20分くらいだっただろうか、説教され、挙句の果てには私の性格を否定し始めた。

 

イベント会場から解放された後、震え声で勤務先に電話した。

『お電話ありがとうございます。こちら「(株)君がいて、ぼくがいる」でございます』

担当社員は電話をかけた私が要件を達成できなかったバイトの人間だと分かると、急に口調が気だるそうに変わった。

「あらかじめ会社の方からクリア出来そうな要件をですね、あなたの能力を見計らったうえでの依頼内容が三択であなたに用意される。その意味がわかります?」

 今日のように依頼時間を過ぎて、しかも要件も終えることが出来なかった場合の遂行人に対する会社の態度は冷たいものだった。
電話越しに伝わってくる社員の怒りが怖かった。
数分前、イベント関係者に

「自分を主張できないことがあなたの弱さの一つだよね」

と言われたことが思い起こされ、喉の奥が重く熱くなってきた。
電話を終えると、ゆっくりとポストに近づき、「メガネ」を返却する。

 「もうバイトはやめよう」

そんな言葉だけ小さな声となった。


 ー ー ー ー


翌日、前回は給与が振り込まれていた昼間の同じ時間に、

「それでもネットバンクに入金されているかもしれない」

と確認してみたくなり、恐る恐るアクセスしてのぞいてみた。
入金されていない。あたりまえだろう。
脱力したまま、何とか横になり天井をみつめる。
急にスマホが震えだし、いつの間にか寝ていたことに気付く。

『(株)君がいて、ぼくがいる』からの電話だった。
急に心が重くなる。
怒られるのだろうと、そう思った。
きっと昨日の依頼をクリアすることが出来なかったことで依頼主が怒り、それが会社の担当社員に伝染し、逃げ惑う私のもと目がけてやってきたのだろう。
それでも、なぜか電話に出ようとする私がいた。
そうだ。
もう辞めますと言えばいい。
あの時は、そんなことも言えなかった。
突然、仕事をやめた以前とは、せめて違っていたい。

「お前はそれでも大人か?社会人なのか?」

震えるスマホを手に、思い出したくない過去の記憶がよみがえる。
でも、ほんの数分耐られれば、それでいい。
何も得ることのないままに終えたくない。



 ー ー ー ー


私は電話に出たことで、その時にはじめてこのバイトの先に広がる闇を感じた。

「先ほど入金させていただきましたから」

という報告の後に、

「依頼主が思いもしなかった映像が見られたとすごく喜んでいて、君がこのバイトを辞めないようにと伝えてくれと…」

と続いた。
私に依頼した人物は、私が一方的に責められる様を楽しんでいたのだ。
これまでにないほどの情けない気持ちになり、久しぶりに私は泣いていた。





 

 
 ー ー ー ー

私がトラブルに合って弱っている映像を物好きな依頼主が気に入ったということで、依頼を達成できなかったのに報酬が得られるということが以前あった。
初々しかったあの頃から、あっという間に時が流れた。
思えばあの出来事から、吹っ切れた部分があったような気がする。
その勢いで数々の依頼をいくつもこなしてきた。
そんな今だから見えてきた部分がある。
今の私の「メガネ」も少しずつではあるがカスタマイズされてきている。
レンズ部に搭載されたモニターには右上に数字が表示された。

「17」

この数字は現在の私のミッション遂行レベルを表している。
RPG(ロールプレイングゲーム)に例えると、遂行人の私のLv(レベル)である。
この数値が高いほど、報酬額の高い依頼がモニターに提示されるようになる。
その分、依頼自体の難易度も上がるが。

その遂行レベルを上げるために必要なのが経験値だ。
依頼内容の横に数値が現れるのだが、仕事を初めて引き受けた時にはこれが何を意味するのかを説明会に参加していたはずなのに忘れていた。
この数字ことが、依頼をクリアすることで得られる経験値を意味していた。
これもあの「メガネ」のコンビニ店員に教えてもらった。

「経験値が高いものほど、依頼される条件が困難になって難易度が上がるからね。
例えば買い物という依頼一つとってみても、経験値が一桁のものと四桁のものとでは大きな差がある。
場違いな高級店に入って泣きをみないようにね。(まぁ、君の一桁くらいのLvではまだ表示されない依頼だろうけど…)
基本的に支給されたプリペイドカードの上限額はミッション遂行レベルごとに変動する仕組みになっている。だからこちら側が金銭面で負担するなんてことはないから、その点だけは安心して動けばいい」



 ー ー ー ー


それにしても、なぜだろう。
あの「メガネ」を装着したコンビニ店員は、いつ行ってもあのコンビニにいる。
コンビニ定員というのは依頼ではなく本業で、「メガネ」で動くのは空き時間なのだろうか。
同じ条件を何度もこなし続けると、経験値は1しかもらえなくなる。
ミッション遂行レベルは伸びないかもしれないけど、コンビニ店員としてはベテラン。いろいろな働き方があってもいい、ということだろうか。

一方の私はというと、その日暮らしの身分でありながら、依頼時には支給されたプリペイドカードで散財しまくっている。
おつかいをしている時は実に気持ちがよかった。
この依頼のバイトが無ければ知らなかっただろう世界の買い物に立ち会えたし、自分ならば決して買わないと判断する商品に対してカード払いする時の感覚は今までにないストレス発散となった。
まぁ、そうは言っても、ただ依頼内容に対して支給されたカードを使うだけなのだが。

そして今、「メガネ」にインストールするアプリの購入を考えている。
今までにバイトで稼いだ額の半分もする値段だが、これがどうしてもほしい。
依頼人の動画視聴時の満足度が確認できるというアプリだ。
このアプリがあれば依頼終了時にボーナスがもらえる。
依頼主の評価によって、経験値と報酬がプラスされるというものだ。
その日暮らしの身分ではありつつも、収入は確実に増えていっている。

少しずつ、少しずつ、私の中で地中を這っていたものが沸き上がってくる。
けっして地表に出てきてはいけないものだ。
でも、それをただ眺めているだけで止める気のない私がいる。




 
 ー ー ー ー

「依頼」をはじめてお願いしたときは、ただの暇つぶしだったのかもしれない。
以前は、こんなわたしにも入学当初はともだちが沢山できていた。
授業もクラブ活動も放課後も、学校に居ることはすごく楽しかった。
でもある日、一部の男子生徒に人気があるからと、クラスメイトにいじめられたことをきっかけにして、今は誰も私と口をきいてくれない。

そんな毎日のなかで、ネットで一つのサイトをみつけた。
そこで彼に出会ったのだ。
「依頼」をした時から孤独だったはずの毎日が変わった。
彼の「メガネ」が伝えてくれた世界が、いまでもずっと忘れられない。

 

 

「依頼」は引き受けてもらえる人を選べない。
いえ。厳密にいうと選ぶことは出来るけど、追加で指名料金が必要となる。
依頼内容を打ち込む際、前回までに依頼した内容とその依頼を遂行した人物の一覧が表示される。
そこで、以前に依頼を遂行した人物にまたお願いしたいときは、「遂行人予約」という欄にチェックすることで、過去にお願いしたことのある遂行人の「メガネ」に依頼内容を表示させることが出来る仕組みになっている。

予約を使って依頼をすれば、「依頼内容 + 別途の指名料金」が課せられる。
使命料金は、二度目の指名から1.1倍。
三回目は1.2倍、四回目が1.3倍…と回数を重ねるごとに加算される倍率もあがっていく。

わたしが今まで貯めていたおこづかいは半年もたずに底をついてしまった。
毎月のおこづかいを当てにしていては、だいたいあと2カ月ほどは待たなければならなかったので、校則で禁止されているアルバイトを内緒でしてみた。
けれど一週間も経たずに、誰かから学校へ報告されてしまった。

部屋で独り、過去の依頼動画を眺める日々が長く続いた。
今の手元に残るおこづかいでは、依頼内容も設定時間も、たいしたことは頼めないだろう。
それでも、彼の見ている世界を一分でもいいからはやく共有したい。
そんな思いは募るばかりだった。

 

彼の目線は男の人というだけあって、わたしの目線よりも幾分高い位置から世界をみていた。
彼はいつも「依頼」の最後に寄り道をした。
「依頼」をクリアしたあともすぐに「メガネ」を外さなかった。
残った時間でいろいろな映像を「メガネ」を通してプレゼントしてくれた。

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何度目かに依頼した時、花屋で一輪の花を買ってくれた。
実際にその一輪の花は私の元には届かない。
わたしが頼んだ依頼内容ではないからだ。
彼は支給されているカードを使わずに会計を済ませた。
私へのプレゼントのように思えた。
彼のことを好きになっている自分に気付いた。
次もこれからも。ずっと彼を指名したい。そう思った。

夕日が沈んでいく瞬間、月が雲間から現れる瞬間、突然降った雨の中の音、せわしく飛び交う鳥の群れ…。 
わたしが一番最後に彼を指名した時、残り時間で沢山の魚を見せてくれた。
あとで調べてみると、そこは小さな水族館だったが、わたしにはいままで誰も覗いたことのなかった海の中を二人でいるように感じられた。

映像の最後の方で、水槽に彼の影が一瞬だけ映った。

「独りではない」

彼は、依頼を遂行することに必要ない状況では一切声を出さなかったけど、なんだかそう伝えてくれたような気がする。

 わたしは、また彼に「依頼」することが出来るのだろうか。


 ー ー ー ー


おこづかいがたまるまで、2カ月を待つことはとても長く感じた。
過去の依頼映像は会員であれば何度でも視聴することができる。
わたしは、その間、何度も何度も彼との同じ時間を繰り返し共有した。

貯まったおこづかいを机に広げ、この金額だとどれくらいの時間が予約できるだろうかと計算してみるが、30分くらいで簡単な依頼くらいしかできなさそうだった。
彼の遂行レベルと指名料を考えると、この次は3か月は待たなくてはならないかもしれない。

最近は、ネットやテレビでこの会社のサービスが社会問題として取り上げられているのをみかける。

「依頼主」が「遂行人」に犯罪に近い「依頼」を登録して、それが「クリア」されてしまったり、「遂行人」が自分の報酬額が高くなるようにと遂行レベルを急速に上げるため、過剰または異常なサービスを提供している件があると報道されている。

彼はそんな人ではない、そうならないとわたしは信じている。
彼の「メガネ」から伝わってくる世界はあたたかいものが多かった。

パソコンに向かって、依頼内容を打ち込む。
何にするかは事前にいくつか考えていた。
でも、どれも設定する度に提示される請求金額が、わたしの想像していた金額を超えてしまった。
いろいろ試していって、なんとか支払える金額の依頼を予約することができた。
わたしのことを知らせるような依頼、彼のことを知ることができそうな依頼も考えてみたけれど、やっぱりこれは違う気がして、何でもない依頼にした。
何でもない依頼。
わたしがはじめて彼に頼んだ依頼と同じもの。

予約ボタンを押すと、すぐに接続が開始された。
彼はミッションを開始する時、いつも空を見上げてからスタートする。
その癖を思い出すと、「接続中」と表示されているモニター画面をみつめているだけでも笑顔になることができた。


 ー ー ー ー


 

久しぶりに彼に逢えると思うと、パソコンを触る手はずっと震えていた。
設定画面で彼のIDを選択して、予約するための設定項目を進んでいく。
「オンライン」と表示されていた。
でも、久しぶりに見た彼のデータは「依頼遂行レベル」がわたしの想像以上にあがっていた。
依頼費用もずいぶんと高くなってしまう。
わたしはもう、今回で彼に依頼することが最後になるのかもしれないと思った。
何とか依頼を頼める金額にまで条件を落としていくと、動画の音声の「チェックボックス」まで外さなければならなかった。
無音で、うごめく画面を眺める形になる。

しばらく依頼しない間に、もう、わたしの手の届かない所までいってしまったのだろうかと思った。
でも、これまで通り、私が依頼の予約をすると5分も経たないうちに連携させていたスマホに連絡が届いた。
「依頼受託しました」と返事が来た。

 

 もしかすると、彼がわたしのことを待っていてくれたのかもしれない、などと期待してしまう自分が恥ずかしかった。
「接続中」のモニター画面がおわり、彼の「メガネ」の映像が映し出された。

 

違和感を感じた。
いつも、かならずはじめにしていた空を仰ぎ見る動きがない。
動く速度もいつもと違う。
なにか焦っているような動きだ。

 

「…だれ?このひとは」

ぬいぐるみが沢山並んでいるお店に入ってみたり、カジュアルブランドの洋服のお店に入ったり、流行っているスイーツのお店に行ったり…。
わたしが誰かわからないけれど、何かしらのデータを得ていて、そこから思いついた行動を試している、そう思えた。

今回、私が彼に依頼した内容は、はじめて彼に依頼した内容と同じもの。
何でもない依頼。
何でもない、わたしのお願い。

「わたしを笑顔にさせてください」

ものすごく、意地悪な依頼だったと思う。
それでも、あの時の彼は私を笑顔にさせてくれたのだ。

急にその時の、彼の声を思い出した。

「…なにか…嫌なことでもあったのか…」

目の前の画面が、涙でゆがんだ。
虐められて、まいにちが苦しくて、逃げたしたい気持ちだったあの頃。
でも、彼の「メガネ」を通した優しい心に救われた。

この映像を届ける人物は彼ではない、別の人間だ。
戸惑いの中、短い依頼時間は終了した。

「遂行人、クリアならず」の文字が画面に現れた後、ほどなくして「満足度」を選択する画面が表示された。
これを打ち込むことで遂行人はボーナスを得ることが出来る。
たしか、このボーナスを得るためには「メガネ」に専用アプリをインストールしなければならなかったはず。遂行レベルがある程度必要になると同時に、アプリ代金も高額だと聞いたことがある。
なぜ、この人はこんなものをえらぶのか。
満足度を「評価しない」に設定してみると、ほどなくして映像が途絶えた。

わたしが知っていた「メガネ」の彼はどこにいってしまったのだろうか。 



 ー ー ー ー


過去に依頼された覚えのない人物から指名された。
アプリを使って、依頼者情報を調べると高校生の女の子だった。
適当に今はやりのアニメのグッズを見せてやったり、甘い食べ物でも見せれば反応があるかと思ったが、何も手ごたえが無かった。
依頼時間が短かったこともあり、手探りの状態のまま時間が過ぎた。
結果、条件をクリア出来なかった。

依頼内容は「わたしを笑顔にさせてください」というもの。
抽象的すぎる。
こういう依頼、実はクリアしにくい。
やはり、具体的にどこで何をしてくれというものが一番引き受けやすい。
それでも依頼を遂行したのは、過去に依頼された記憶がないのに、そのようにモニターに表記されたことにひっかかりを感じたことと、「遂行人指名」されたという点からだ。
私は遂行人としては正直、リピート率は高くない。
でも、地味に積み重ねた経験値で、遂行レベルはかなり上の方だと思う。
めずらしくリピーターがきたから、少額の依頼でもいいかと引き受けてみたのだが、もうやめたほうがいいなと思った。

稼ぐことにどん欲になると、「メガネ」はポストに投函したりしなくなった。
わたしは基本的にいつでも「メガネ」を手元に置いて、そして持ち歩いた。
そして、まとまったお金が欲しいときだけ会社に持って行ってスピード審査してもらって、報酬をその都度手渡ししてもらう。

稼いだお金は「メガネ」をカスタマイズする為のアプリソフトの購入や、依頼をお金で手っ取り早くクリアできそうな内容の場合はそこにつぎ込む。
「メガネ」の為につぎ込んだお金は、それ以上の金額で戻ってくるという法則を実感しているので一切の迷いが生じない。

だいたいの依頼主は良好な満足度の点数を付けてくれる。
遂行人レベルが高ければ、難解な依頼がモニターに現れる。
クリアすることは容易くはないが、その見返りとして報酬額も跳ね上がる。
依頼でどれだけのお金を手にしたいかを迷い選択するのではなく、自分の遂行人としてのレベルを上げることを常に意識して経験値を積んでいけば、自ずとお金の匂いを身にまとえるようになった。

少々、天狗になりつつあったのだと思う。
あの、私にはめずらしくも指名され、そしてクリアできなかった依頼。
屈辱的な気持ちがずっと消化されずに残っていたのだろうか。
ふとした時に思い出し、晴れない気持ちのままに幾日か過ぎた。

そんな、ある日。
なんとその高校生の依頼主が目の前にあらわれたのだった。

 




 

 


 ー ー ー ー


30歳も過ぎると、「死」に触れる機会が少しずつ増えていき、それまでよりも少しだけ身近に感じ始めていた。
同級生の親の訃報を耳にした時、もしも僕の両親が生きていたら自分の親に対してどんな思いがわいてくるのだろう、そんなことを思った。
「死」は身近にあるのだろうけれど、いつか僕も死ぬことが決まっているだけであって

「明日君は亡くなります」

なんてことを突然、預言者に言われたとしても、

「はい、そうですね。僕もうすうす感じていましたから…」

なんてことはとても言えない。
確かにこんなに近くにあるはずなのに、毎日を生きるなかでもっとも準備不足な項目が「死ぬこと」であったような気がした。

 

医者に言われたのだ。

「余命は一年です」

会社の健康診断も捨てたものじゃなかったわけだ。
再検査に行くようにと通知を受けていたが、何かと理由を見つけては無視し続けた。
そんな「死ぬこと」の準備不足にたいして、「死」が向き合う機会をくれたということになる。

当時付きあっていた彼女にそのことを伝えようと決心すると、彼女からも話があると言われたので先攻をゆずった。
別れ話だった。
僕には後攻があたえられない、試合形式だった。
両選手が向き合って別れの挨拶をした際、なぜかアルバイトを紹介された。

「私にはもう必要ないから」

と言うと、身に着けていた「メガネ」を外して私に手渡した。
そのメガネのレンズ部にはなぜかモニターが搭載されていて、そこには「依頼クリア」と表示されていた。

今となっては、その時の依頼内容が何だったのか知ることはできないが、もしかすると「偽装恋愛の始まりと終わりがみたい」などという依頼だったりしても、おかしな話ではない。そんな依頼を予約するような人間がこの世の中にいることは、このアルバイトをしていると身に染みて理解できるので、だいたいそんなところだと思う。
でも、仮に本当にそうだったとして、3年間にも及ぶ偽装恋愛を見送った感想のひとつくらいは誰かに聞きたい気もするが。


 ー ー ー ー

急に人生の雲行きが怪しくなったとしても、その終わりが見えるようならば、思い切った行動がとれるようになるのかも知れない、などと思ったがそうでもなかった。
会社をやめると、ひとりの時間が多くなった。
体の不調を感じることはあるが、まだ「いよいよ」という段階でもなく。
そんなとき、あの「メガネ」の存在を思い出す。
元彼女から餞別としてもらったものだ。
インターネットで「メガネ」のことについて調べると、「メガネ」に寄せられる依頼のまとめサイトというものに行き着いた。
そこに飛んでみたら、想像もしなかった世界が現実社会で広がっていることを知る。
お金を払って依頼をする人間と、お金を受け取りそれを遂行する人間。
何気ない日常風景に溶け込んでいるような働きが、実は誰かの依頼だったりする。
もしかしたら、普段何気なく擦れ違う人たちの中に遂行人が交じっていることもあるんじゃないか?
遂行レベルをあげるために躍起になって駆け回っているのではないだろうか?
などと思うと、知らない世界を少しのぞき見したようで、おかしく思えた。

ひとりの時間が増え、気付けば、少しずつ喜びや楽しさを見い出すことと一緒に、悲壮感や絶望感がやってきていた。
それから逃れるようにまた嬉しいことや美しいことを探すのだが、自分の先のことが頭をよぎると、すぐさま苦しみがやってくる。

僕は押しつぶされそうになっていった。
笑わないでほしい。
僕が「メガネ」の遂行人になることを決心した理由は、誰かに縋ってでも救われたかったからだ。

 

やがて、僕を指名してくれる依頼人と出会った。
その人のはじめての依頼は「わたしを笑顔にさせてください」だった。




 ー ー ー ー


僕をよく指名してくれるようになった依頼主が最初に依頼してくれた内容はいつまでも忘れられない。

「私を笑顔にさせてください」 という依頼だった。
毎回のことながら、「依頼開始」の文字が「メガネ」のレンズ部に搭載されたモニターに映ると、緊張感で体がしびれるような気がする。
ほんの数分前までどんな依頼を受けようかという自由な身から、自分で依頼を選択した途端に孤独な職務を与えられるというふり幅に、未だに慣れない。

そんな僕は、気休め程度にしかならないかもしれないけれど、依頼遂行が開始されると同時にいつも空を見上げて深呼吸してから臨むことにしている。

依頼遂行中に依頼主からのコメントが表示されることがある。
あらかじめ用意されている定型コメントを選択する場合、依頼主には追加費用はかからない。
でも、オリジナルのコメントを入力すると20文字あたり30円程度のお金が必要となる。

余談だが、依頼主にもいろいろな人がいて、依頼内容と関係のないことばかりコメントでつぶやいたり、中には愚痴や悪口を淡々と打ち込む人もいる。

「〇ね〇ね」

と人を傷つける言葉をモニターで見続けながら依頼を遂行するのも面倒なので、

「あと一年以内にはその依頼も遂行しますから」

とつぶやきながら設定画面を開いて「ミュート」にする。
まぁ、とにかくそんなコメント機能のおかげで、依頼主の情報をこちらからもなんとなくだが得ることもできる。
僕を指名してくれる彼女の事をより身近に感じられるようになったのは、後に彼女が自分のことをコメントで語り始めてからだが、初めての依頼の時はすごく無口だった。



 ー ー ー ー

 

依頼主(彼女)を笑顔にさせるために何が出来るかと思い、ふらふらと歩き回った。
公園をあるいて、そこで遊びまわる子供たちをみたり、川べりをあるいて小鳥をみたりと、僕のつまらない休日過ごし方をただ配信しているだけだと気付くと焦りの気持ちが沸いてきた。
モニターには当然「依頼遂行完了」の文字は出ない。
小山にある小さな神社へのぼろうと歩き出す。
神社では明日から祭りでも開かれるのだろうか。

 

屋台を組む人が参道の脇にちらほらみられる。

 

わたがしやきもろこし、ジャンボフランク…それらを「メガネ」にひとつずつ映していく。
おたまじゃくし釣り、ひよこ釣りなんてものもあった。
祭りははじまる前の空気から楽しいが、終盤に差し掛かると途端に寂しく感じる。
依頼主は今、どんな気持ちだろう。

長い階段をのぼり、街を見下ろす。
就職と同時に移り住んだ街。
いろいろな思い出が詰まっている。

「ある日、突然僕が死んでもこの景色は急には変わらないし、それでいいと思う」

あまりに依頼主が無反応な為、つい僕が思ったことを声に出してつぶやいてしまった。依頼主からのコメントはまだ一度もない。

「予約依頼時間」は120分に設定されていたが、もう残り時間は30分もない。

「依頼遂行完了」の文字も依然としてモニターに出ない。

神社の裏道をのぼると、そこから続く山道がずっと奥の方へとのびていた。
いろいろと彷徨うなかで諦めたようにして、山道の脇に座り込む。


 ー ー ー ー

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私のパソコンのモニターに再び空が映し出される。
遂行人が仰向けに寝転んだようだ。
綺麗な夕焼け空が木々の隙間からみえる。
綺麗だった。
姿は見えないが時折り小鳥たちの鳴き声がきこえる。
静かだった。

 

 「だめだ。依頼をクリアできそうにない。

 なにか、嫌なことでもあったのか?」

話しかけられたが、どういって伝えていいのかわからず苦しんだ。
虐められる毎日の苦しみから逃れる為には、この小さなコメント欄にどれだけの文字を繰り返し打ち込んでも追いつかないような気がした。
心配してくれた気持ちに応えられず、そんなことで涙があふれてきた。

「ごめんなさい、無理な依頼をして」

とコメント欄に打ち込んで 『Enterキー』を押そうとした瞬間、「うわっ」という遂行人のおどろく声が聞こえた。

モニターには予想だにしないものが映りこんだ。

大きなニワトリがいる。

 たしかに山の中に。
なんで?
先ほど彼の「メガネ」に映った「ヒヨコ釣りの屋台」を思い出す。
まさか。
一匹で生き抜いた?こんなに大きくなるまで?

 

「一人でも つよくなれ」

モニターに映るニワトリが喋った。

 

「ありがとう」と急いでコメント欄に打ち直すと、私は「依頼完了」と合わせて彼におメッセージを送った。

 ほどなくして「依頼時間終了」の文字が画面に表示された。




 ー ー ー ー

久しぶりに再会できたはずの彼は、きっと別人だった。
わたしの知っている本物の彼の事が心配になるが、どうしたらいいのかわからない。
過去に依頼したときの動画と、違和感の残る今回のものとを見比べてみる。

彼の動画は自然の風景が多かったが、なぜか今日の動画はお店が立ち並ぶ賑やかな都心だった。

自分が依頼した動画はなんども振り返ってみることができるが、違う依頼主の動画をみるには、別途お金が必要となってくる。金額は依頼した内容によって、また依頼遂行レベルも関係してくる。
彼のIDを引き継ぐもののレベルは上級ランクなので気軽に手を出せる金額ではない。
ID検索で遂行履歴をとりあえずはみてみる。
短時間で簡単な依頼の動画を閲覧しようとしても、おこづかいで計算するとひと月分以上もかかる。
モニターに映った「メガネ」の遂行履歴の日付をみると、彼が最後に水族館の映像を見せてくれた後、しばらくの空きがあって、そこから急に依頼遂行数がのびていた。

この空白期間のところで、きっと「メガネ」は彼からだれか違う人の手にわたったんだ、そう思った。

 

 ー ー ー ー


いつものコンビニで夕飯を買う。
何の躊躇もせずに棚に並ぶ商品をカゴに放り込めるようになるなんて、一年前の自分からは想像できない。
値段は気にせず欲しいものを一連の動作でリズミカルにぽんぽんと放り込んでいる。
そして、最後におかしのコーナーのところで、いつものチョコを買う。

初めて依頼を受けた時に買ってやったチョコだ。

「初心忘れるべからず」というわけではないが、なぜかあれから買い続けている。

そして、その初めて依頼を遂行したコンビニのレジへと向かう。

初めは誰かわからなかった。
制服を着た女の子の話ではない。それはこの後だ。
あの、馴染みの「メガネ」をかけていたコンビニ店員がメガネをしていなかった。

「あなたに会いたい人がいるみたいですよ」

そう、ひと言告げてから淡々とレジで会計処理する目の前に立つ店員。
どこかすっきりとしたその顔は、メガネがないからという理由だけではなさそうだ。
おしゃべりだった彼の面影はそこにはなく、どこか一仕事終えたような安堵の表情が印象的だった。

「ありがとうございました。また、お越しくださいませ」

 

自動ドアがしまる音が聞こえる。
目の前に、制服を着た女の子が突っ立っているので、自分もコンビニを出たところで立ち止まるしかなかった。

制服の女の子は言った。

「IDナンバー 1104…ですよね?」

制服の胸ポケットにはメガネがたたまれ引っかけられている。
同業者ならそのフレームを目にすればすぐにわかる。

「メガネ」だ。

得体のしれない恐怖が目の前に立っている。
コンビニの袋に入った例のチョコに目に落とす。
なんだかんだで性根は相変わらずの小心者な自分。
どんなに荒稼ぎして大金を持とうと変わっていない。変われない。
「メガネ」でも、他人の評価が無性に気になる。
自分に自信がもてていないからだ。

いったい、この「メガネ」の女の子は、自分にどんな不安をもってきたのだろうか。

 


 


 ー ー ー ー

初めて目にした、わたしの探していた「メガネ」の遂行人。
この人は、わたしが好きになった人ではない。
けれど、身に着けている「メガネ」は彼が身につけていたものだ。
対峙した時、「メガネ」の向こう側に彼がいるような気がして体があつくなった。
間違いなく、この「メガネ」が彼と私をつないでいたのだ。

今、この胸ポケットにぶら下がっている「メガネ」は先程のコンビニで働くスキンヘッドの店員から紹介してもらったものだ。
あの違和感を感じた依頼の日から、何度も動画を繰り返し見ては「メガネ」の場所を探した。
動画に映っていたのは、ある程度の都市なら連なっているだろうチェーン店やブランド店ばかりだった。
なんとか絞り込んだ場所の一つが隣の県だったので、そこを休日になる度に歩き回った。

そんな何度目かに訪れた休日のある日、駅前のコンビニで飲み物を手にレジに向かった時のことだ。
唐突に、まるで映画か何かの台詞のようなことを話し出す、ひとりの店員と出会った。

「初めてきみを見た時に、こんなことってあるんだと思った。きみは私を知らないかもしれないけど、私は知っている。

 この一年程は、きみの探しているであろう「メガネ」の人物を見張る為、そしていつか出会うかもしれないきみのために私はこの町で生活を始めた」

わたしが次の言葉を待つと、メガネをかけたスキンヘッドの男は少しさみしそうな顔をして言った。

「きみの探している彼とは遂行人仲間だった。

 率直に言うと彼はもうこの世にはいない。

 でも、ある依頼を残した。

 そして、その依頼は実は今も続いているんだ」


彼が死んだと伝えられたことにたいして、私が探していた彼は本当に実在していた人物だったんだなぁという、どこか現実味のない思いが浮かんで、でもすんなりと落ちてこないままだった。

「彼の願い通りに、彼の遺産、有り金の全てをつぎ込んで追加で延長依頼し続けていた。きみが彼の依頼を目にする時までがんばろうと。

 でも彼の「メガネ」は違う人に渡ってから想像以上にランクがあがってしまってね。彼の依頼を延長し続けるにはお金が足りなくなった。今はその依頼を絶やさない為だけに私は「メガネ」で過ごしてきたんだ」

 

 わたしは、今も続いているという彼の残した依頼がどんなものなのか「メガネ」の店員に聞いた。

 店員はこう言った。

「彼の「メガネ」を引き継いでいる人がこの町に住んでいる。このコンビニにもよく来る常連だ。その人の「メガネ」を手にしたらきっとわかるよ」


 ー ー ー ー


遂行人は「依頼」の時の動画を振り返ってみることは出来ない。
だから、依頼主の傾向を探るには、高額なアプリを「メガネ」にインストールしているほうがずっと効率が良くなるようにしくまれている。

 「このメガネ、なぜか前任者のデータが消去されることなく引き継がれているらしい。でも、それをこっちからは確認できない。
 君だろ?指名で依頼をしてきたのは…」

 女の子はうなずくと、こちらの話の続きを待った。

「指名された記憶がない依頼人から、しかも一度や二度ではない回数がアプリで確認できた。自分の知らない過去がこのメガネにあることを知って、それから怖くなった」

場所を変えようと言わんばかりに女の子がゆっくり歩きだしたので、後ろを歩く。

「結局は「メガネ」を紹介してくれた張本人をもう一度訪ねた。でも「メガネ」を紹介してくれたのは確かに私の友人だったが、君の求めている人物ではなかった」

前を歩く制服姿の女の子に後ろから声をかける自分が、なんだがたまらなく決まりが悪く思えた。
居心地が悪い状況を一転させるが如く、話を変える。

「君は知っているんだろ?
 俺のIDナンバーが本当は1104-2だってことを」

制服の女の子はこちらを振り返ると、先程のスキンヘッドのコンビニ店員が教えてくれたと言った。

「ゴースト、と業界用語で言われているらしいよ」

メガネの女の子はその「ゴースト」についてゆっくりと説明してくれた。

「依頼遂行中に、その依頼を遂行する人物が何らかの理由で交代した場合、代理ということで一時的にIDナンバーに継続の数字が並ぶ。あなたは彼の代理人ということになる」

そう告げられた。
俺がこの「メガネ」について知っていることを正直に話そうというと、メガネの女の子は小さな公園に入り、そこのベンチに座った。
俺は突っ立ったまま、話し始めた。

俺の友人は「メガネ」で依頼を受けたことは一度もないと言っていた。
友人は信じられないかもしれないが、と前置きをしたが、続いて出た言葉は本当に信じがたいものだった。

「父親が言うには、海で拾ったものらしい。
 瓶に入っていたそうだ」

友人と再会したのは「メガネ」を紹介してもらって以来だった。
俺と一緒にいるのが嫌なのか、手っ取り早く話を終えたいという雰囲気を醸し出しながら友人は語り出した。

「久しぶりに田舎へ帰った時、父親にこれは何だと聞かれ、その時に目にしたのがこの「メガネ」だった」

漁港で働く父親が、漁船から降りてきた漁師から、

「よくわからないからやるよ。要らないなら交番にでも届けてくれ」

と言われたらしい。
ただの「メガネ」じゃないことはすぐにわかったそうだ。

「広口の瓶に入っていた。綺麗な和紙に梱包されて。
 そして、メガネにはUSBでバッテリーがつないであった」 

友人は直ぐにネットで調べて、この「メガネ」が紹介制アルバイトの備品だと知ったらしい。
不意になぜか、女の子にこの「メガネ」が自分の元に渡る経緯を語ると同時に、違う部分で最後に友人に会った場面を思い出していた。

「上手くいけばすごく儲かると聞く。でも、その反面でトラブルもあるという噂も耳にしていた。既に家庭を持っている今、冷静に判断して保身を優先した」

と友人は言った。
俺にそんな「メガネ」を渡したのはなぜかと問うと、友人はしばらくの沈黙の後にこう言った。

「身近の人物がどう変わっていくか、悪いがそれが見たかった」

その顔は、急にどこか知らない人の顔に感じた。



 ー ー ー ー

 

話し終えた目の前の「メガネ」の男性は、どこかスッキリしたような雰囲気だった。
その感じは先ほど「メガネ」を手渡してもらった時のコンビニ店員と、少しだけ似ていた。
彼が、そのコンビニ店員にお願いしたことがあるそうだ。

「もしも病気がひどくなって依頼を続けられそうにないと判断したら、その時は「メガネ」をきみに預けようと思う。
「メガネ」は瓶に入れて、川から海へと流れ着くようにしてほしい。
 きっとあの子は喜んでくれるから」

コンビニの店員に託した彼の願いは、しっかり海まで届いたのだ。


私は目の前の男性に一つの提案をした。
お互いに「メガネ」を紹介し合おうと。
男性は「メガネ」でなり上がることに生きがいを感じているのは、遂行レベルの上がり具合からよくわかる。このまま仕事を手放したくはないだろう。
だけど、一方で「メガネ」が自分のモノではない。
代理人という肩書がきっと邪魔だと感じていると思った。
男性はその取引について少しだけ考えると、一つだけ確認したいと言った。
交換することで実はこの仕事を辞めることになったりしないのだろうかと。

「新しい人に紹介するわけではないのなら可能だそうよ」

あのコンビニ店員が教えてくれたんだと伝える。

「あの店員は本当になんでも知ってるな。このメガネの本当の遂行人とは深い仲だったんだろうな」

とつぶやくと、寂しそうな顔で少し笑った。



 ー ー ー ー



今、わたしはあの彼の付けていた「メガネ」を制服の胸ポケットに引っ掛けている。
パソコンモニターには、わたしの視界にあるものとまったく同じものが映し出されている。

「わたしがいつか見るかも知れない」

その為だけに作られたアカウント。
コンビニの店員に教えてもらったIDとパスワードを入力する。
依頼内容は「笑顔にしてあげたい」
依頼経過時間は一年を超えている。

そして、今もその経過時間は刻まれている。
彼とはもう会うことはできない。
この経過する時間をとめる事は、完全に彼を失う瞬間であるかのように思えた。

あの時と同じコメントをゆっくりと打ち込む。

「ありがとう」

と入力したあと、しずかに「依頼完了」を押した。




 ー ー ー ー




相変わらず、学校生活は苦しいけれど、この動画をみると嫌なことも忘れられた。
彼が病気だったこと、一人で不安や恐怖とたたかっていたこと。
月日が経つにつれて動きが鈍くなったり、息遣いが苦しそうな場面も増えた。
それでも、彼の「メガネ」が映したものは、わたしにとってはいつもおだやかで心が安らぐものが多かった。

 

 

この依頼の最初の場面は彼の部屋からはじまる。

あの花がある。

ガーベラだ。

ガーベラの花言葉は「希望」

彼がわたしに教えてくれた花だ。 

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 おわりです。