寝付けない、ながい夜。
カーテンを開いたまま、硝子窓の外を。
霞んだ雲に潜っては顔を出す、少し欠けた月を。
ベッドに横になったまま、長い時間、目で追っていた。
月明かりの下で洗濯物がやわらかに風に揺られている。
洗濯物を夜に干すのは、きっと、亡き母を傍に感じられるからだ。
母は女手一つであたしを育ててくれた。
仕事をいくつも掛け持ち、朝から夜までよく働いた。
いつも先に寝ていたあたしは、母が深夜のベランダをペタペタと歩く音でよく目を覚ました。
寝室の横にはベランダがあり、窓の外に映る母はテキパキと洗濯物を干していた。
曇っていようが、雨が降ろうとも、洗濯は夜だけ。
母の、唯一空いていた時間はみじかい夜だけ。
その姿を目にして、ようやくあたしは深い眠りへと落ちるのだった。
翌朝になると、静まりかえった部屋にあたしだけ取り残され、母の姿はもうない。
テーブルには朝食とお弁当、そして冷蔵庫には夕飯が準備されている。
「いただきます、ごちそうさま、いってきます、おはようございます、こんにちは、ただいま、おやすみなさい、ちゃんと言いなさいね」
時折り、朝食の横には母からの置手紙が残されていた。
切り取られた小さなメモ用紙に書かれただけの簡単な手紙だが、それが少しずつ溜まっていくのが嬉しかった。
母の手紙。そのおしえは、ちいさな手には収まらないほどに集まり、それは今も大切にとってある。
きっと、間もなく終えようとしている、今日一日の中にだって、そんな母のおしえが見え隠れしていたのだろう。
特に不安な夜や、寝付けない夜には、そんな手紙をときどき読み返してしまう。
紙を捲るたびにやさしい小言が目の前に広がる。
それでいいのよ、と母の声が聞こえた気がして、そんな母の言葉がいつまでも欲しくて、あたしはまだまだ親離れができなさそうです。
ねぇ、おかあさん。
今夜はひとつ、報告があります。
そんなあたしも、来年にはお母さんになります。
ちゃんと子育てができるのだろうかと、はやくも不安に思う毎日です。
手紙を覗く機会が増えるかもしれませんが、どうぞやさしく見守っていてください。
では、おやすみなさい。
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