妄想話

よるのほし

  寝付けない、ながい夜。 カーテンを開いたまま、硝子窓の外を。 霞んだ雲に潜っては顔を出す、少し欠けた月を。 ベッドに横になったまま、長い時間、目で追っていた。 月明かりの下で洗濯物がやわらかに風に揺られている。 洗濯物を夜に干すのは、きっと、亡き母を傍に感じられるからだ。 母...

妄想話

傍らの理解者

細やかな雨粒がガラス窓を叩いているのがわかる。 一か月前に交通事故にあって、私の身体はバラバラに壊れた。 事故にあったことで記憶の方も定かではない。 後に聞いた話だと、私は急に路上に躍り出て立ち止まったそうだ。 これまでずっと人との接触は最小限に抑え、会社でも私生活でも当たり障...

妄想話

アイリスの花言葉

自転車のブレーキ音が聞こえてきた。 時計を見上げると午後三時を過ぎたところだった。 揺れる影が一瞬、窓の外から作業場へ入り込んだ。 宅配ポストがコトンと音を立てる。 少し休憩を挟むことに決め、随分前から空になっていたコーヒーカップを手にすると、ゆっくりと腰を上げた。 仕事用のメガ...

妄想話

遅咲きにて狂い咲き

実はこれまで一度も働いたことがない。 このままだと近い将来にたいへん困る事態に陥るのではないか、という不安に苛まれたのが幼少の頃で、確か7歳くらいだったと思う。 ませた子であった。 ひと月も通えなかった小学校、そこから引きこもり続けた日々。 3つ歳の離れた姉がよくできたためか完全...

無国籍活動集団「alias」

「手向けの花」

「オークション史上、最高額で落札されたものを知ってる?」 と訊かれると難しいかもしれない。 ただ、それにヒントとして植物、または音響器具、スピーカーと付け加えていくとどうだろう。 音楽に詳しくない人でもオークションに関心のない人でも、それだったらと皆の口から出てくる。 一本の樹...