誓いの言葉

2016-09-11

妄想話



小さい頃は、ただ生きてさえいればいつか結婚して、どこにでもあるような家庭を築いていくのだろうと、たぶんそんなことを考えていた。
それは誰にでも平等に、じっと待つまでもなく、いずれ自然と訪れるようなものだと思っていた。
でもいつしか、それがただ出席さえしていれば進級資格を得られるようなものではなく、顔と名前さえだしていれば何とかなりそうな会議のようなものでもないことに気付く。

社会人になりそれなりの歳を重ね、周りが結婚したり育児の話が出始めたあたりで、今までに感じたことのない妙な焦りが生まれた。
異性との交遊関係がないわけではなかったがそれらが実を結ぶことはなく、ずるずると独身で歳を重ねた。
やがて四十歳を控えたあたりで、ふと思い立つ。
きっとこのまま一人暮らしでいる方が気楽で、自分には有益だろうと。



ー ー ー ー



国の少子化対策として、「政略制約結婚の義務」が未婚の満30歳以上の男女に言い渡された。
全国の市区町村を通じた名簿から選ばれた者同士が、制約を設けた上で仮結婚生活を送るという世界でも例をみない方法が採択された。
この政策内容に該当する者には用紙が通達されており、事前調査が行われた後に執行された。
用紙は「同棲の有無」「両親間の事前面識機会の有無」「希望地域・移住可能範囲」等のチェック項目が約800問ほど設けてあり、方向性が揃った男女をある程度の枠組みの中に収めた上で、無作為抽出による選考及び意思確認に用いられている。

この政策は擬似結婚生活を送る中で、実際の結婚生活を未婚者に意識してもらうことを狙いとしている。
二人の関係性が深まり将来的な結びつきを望むならば、婚姻届けを役所に届け出ることで、法律上の夫婦関係が初めて認められることとなる。
尚、擬似結婚を解消することを一方が届け出れば、受理された時点で関係解消が認められ、これは実際の結婚歴として記録に残ることはない。
又これらは、擬似結婚生活の初日であっても受理される。



ー ー ー ー


擬似結婚生活が始まっても、始めのうちはそれまでとあまり変わりなかった。
でも、時が経つにつれて仕事がかわったり、家族に問題が起きたりとお互いに色々あった。
歳を重ねてみて、ようやく自分の好きに行動できる自由な時間が、この上なくとても貴重なものだったことがわかる。
これは何も独身だからとか結婚しているからだとか、そういうことではない。
人は独りでは生きてはいけない。
つながり結ばれているなかで、時はその関係性を様々な形に捻じ曲げていく。
自然とそういうやるせない部分で同調するかのようにして、彼女と一緒に生活することになった。
国の考えで勝手に宛がわれて、五年も経ってからのことだった。
それまでの余所余所しさが嘘のようにして、日々の会話は絶えなかった。

当初、事前調査の用紙に記入した希望条件が同じようなものだったらしく、同じ市内での巡り合わせだった。
お互いが近くに勤め先を構えていて、生活リズムも似通っていた。
そして、お互いがそれほど結婚を望んでいなかった。
そんなこともあり、それまでにお互いが送っていた日々の形を変えず、ただしばらくは様子をみるということを承諾し合った。
いつでも会おうと思えば何も難しいことなどなかったが、定期的に義務付けられていた報告レポートを提出するためだけに月に一度しか会わないことも度々あった。
けれど、なぜか関係を解消することはなかった。
ずっと制約通りに他人行儀なままで、これといった踏み込んだ会話もなく、当然手をつなぐこともなければ、その必要性もなかった。

それなのに、同じ空間で生活を共にするようになると、何かが組み合わさったかのように日々に変化が起き始めた。
何でもないことを一緒に笑ってくれた。
困った顔をしているよと心配してくれた。
遅くに帰宅すると食事が置かれていることもあった。
嬉しいことがあれば一緒に喜んでくれた。
そして、ときどき、口喧嘩もした。

こんなとき、もしも独りでいたらどうしていただろうかと、やがてそんなことを考えなくなった。



そんなある日、夜遅くに帰宅すると封筒がテーブルの隅に置かれていた。
すでに開封されており、彼女の姿はそこにはなかった。
その書面は、彼女に子どもが望まれにくい年齢が近づいた為に通達されたものだった。
要約すれば、本来の目的は少子化対策であるが、長年連れ添いながらも二人が関係性を変えずにつなぎ留めているのはなぜなのか、もしも子どもを望むならば、また今現在の関係性に変化を求めるのならば、一度面会されたいとのことだった。

どうしたいのか、は私の中で決まっていた。
でも、どう伝えたらいいのか、その言葉のヒントはどこにも書かれていなかった。
日々の延長線上、しかしこれはそういうことではないのだと事の重大さに今さら気付く。
言葉を紡ぐ時間はまだ残されていた。
悩みぬいた先に出た答えが仮にありきたりな言葉でも、きっと彼女は笑顔で返してくれる。そんな気がした。