ー わたしの目の前にいるだろう、愛しい娘。
あなたには今、わたしのことがどのように映っているのだろうか ー
前日から降り続いた雨が止んで、雲ひとつない青空が広がっている。
わたしは一歳に満たない、幼いわが子をベビーカーに乗せて外へ連れ出た。
近くのスーパーへ買い物に行った帰り、いつものように小さな公園で少し休憩をする。
この時期、上空は桃色の花びらにおおわれ、姿は見えないが鳥の鳴き声が行き交っていた。
わたしはベンチに腰かけ、傍らに停めていたベビーカーを引き寄せた。
幼いわが子は手足をもそもそと動かしながら、いろいろな表情をみせてくれた。
はじめてみたモノへの驚きや感動。
この子の近くで同じ時間を過ごしていると、そんな瞬間がいつの間にかわたしの中から失われてしまっていたことに気付かされる。
新しいものに触れるわが子、それを懐かしく思う私。
今、とても平和な時間だと、そう思った。
一息つき、自宅へそろそろ戻ろうかと、立ち上がろうとしたそのときに異変が起こった。
それまで液体だった水がなにかしらの要因で凍り始めたかのようにして、急にわたしの体が固まってしまった。
手も足も動かせない。声も出せない。
ベビーカーに収まっている小さな命と目が合う。
私は椅子に座った形のまま、体の自由が奪われた。
途端に子どもの顔がくしゃくしゃになった。
目を強くつぶり、口を真横に開いている。
手を差し伸べたいが、何もしてあげられない。
わたしはまばたきも出来ず、ただ見つめるだけだ。
やがて、泣き顔が薄れていく。
何も見えなくなった。
わが子の鳴き声だけが響き渡った。
そのうち、人が集まってきたような音がした。
わたしの子どもはどこかへ連れていかれてしまったようだ。
ー ー ー ー
いろいろな人間がわたしに近づいてきては、じっと見つめる気配があった。
ただ耳だけが機能していて、そして何かを想うだけ。
それを繰り返し繰り返し、あれからいったいどれくらいの年月が経っただろう。
わたしが座っていたベンチは取り壊され、わたしは同じ公園に新しく作られた石材のベンチに座っている。
確認のしようがないが、肌がところどころひび割れているような気がする。
わたしもいずれは崩れゆくのだろうか。
今さら恐怖感などはないのだが。
せめてもう一度。
こんなことを願うのは我儘なことだろうか。
周囲が少しだけ騒がしくなった。
朝が来たのだ。
ずっと雨は降り続いていた。
わたしの体をつたって落ちる水滴の音が規則正しく聞こえる。
昔から人数少ない公園だった。
雨の日は誰もこない。
今日もそうだろうと思っていたが、そんな静かな公園に愛らしい音が交じった。
ちゃぷちゃぷと音を立てて、小さな歩幅が近づいてくるのが分かった。
もう、期待はしていない。
それでも耳をすましてしまう。
小さな存在は何も言わず、わたしの隣にしゃがみこんだ。
雨粒のはじける音が聞こえる。
色のない世界で、わたしは小さな傘を思い描いた。
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