案山子の真似事

2017-03-04

妄想話

整った容姿。自然なウォーキング。

会話の受け答えも難なくできる。
「着衣用商業人工モデル」

そんな飾り気のない言葉で説明されても、多くの人にはきっと伝わらない。
それなのに、略称や正式名称があったりするのはなぜなのだろう。

人の都合とは分からないもので、その分からないものからわたしはファッションモデルとして生み出され、その仕事に必要とあらば顔を弄られ、髪色を変えるために根元から作り変えられたりもした。

それも全て、所詮は消耗品。
カラカラと、内部を小さな異物が転がりはじめたのを発端として、いまは時折り動作に引っ掛かりを感じたりと彼処に異変を感じる。
それに合わせたかのようにして、このタイミングで事務所へと呼ばれたのだった。


 ー ー ー ー


モデル業を退く。
いや、捨てられた理由。
それは、わたしよりも賢明で人に支持される新しいタイプのモデルたちが現れたこともあるとは思う。
でも、一番の理由はメーカーの保証期間が残り一年に迫っていて、そこから先はメンテナンスに別途の費用がかかってくることだろう。
維持費とわたしのこれからの稼ぎを天秤に乗せてみた。
ただそれだけのこと。

新しいタイプの彼女たちは、人間と同じように自然に老いていくつくりをしているそうだ。わたしが機械と断言されるのとは違い、彼女たちは生き物に近いそうで「芸能人」に区分されるようだ。
やがて死んでいく運命というものが与えられているらしい。
普遍的に人間受けするにはストーリーが欠かせないのだと言われたが、わたしにも一応、相応の流れというのか、設定というものは存在するものだ、と説明すると、だからキミは違うんだよと、少し腹立たしい様子で返された。
あまりにも想定していた通りの台詞に、案外、この担当者もロボットなのかと疑う。

「おつかれさま。これからは、残された時間はすべてキミの自由だ」



 ー ー ー ー

わたしには設計上の標準使用期間が定められている。
この期間を過ぎれば、いつ止まるとも知れない壊れかけのロボットに成り下がる。
これまでに、誰からも指示されずに行動したことはなく、これからなにをすればいいのか。
閉ざされた事務所の扉の前でしばらく佇んでいたが、とりあえず歩く人の邪魔にならないようにと場所を移すことにする。
人通りの少ない路地で、やはりそのまま動けないでいると、白いワゴン車が目の前に現れ、導かれるようにして車内に連れ込まれた。
中には20歳前後の男が3人いた。
目と口元を塞がれると、途端に横暴な態度をとるようになったが、わたしが機能停止モードに入るとどうも興味を失ったらしい。
次にスイッチが入った時、わたしは荒れた草木の中で仰向けに倒れていた。

遠くからは、微かに波の音が聞こえてくる。
日が傾き、月が昇り、星が瞬いた。
東の空が明らんで、このままここで動かなくてもいいのではないか、と考えがまとまりかけたその時、何かが近づいてくる気配がした。
腰の曲がった、年老いた老婆だった。

「あんれ?きれいな案山子だこと」

わたしはその瞬間、その言葉にしたがってみることにした。
害獣を警戒させる役目を持つ「案山子(かかし)」という仕掛けになりきることにした。
老婆はわたしを動かそうとしたが、独りの力では少し引きずるのがやっとだった。
でも、誰に助けを求めることもしなかった。
後でわかったことだが、この海辺のちいさな村には年老いた老婆独りしかいないのだった。
村民はほとんどが村を捨て都会へ流れたそうだ。
残った者たちも、やがて歳を重ね、一人、また一人とこの世を去っていき、今やこの老婆が独りだ。
三日ほど倒れたままだったが、老婆が伸びない背中を屈ませるのを辛そうにしながらも雨風で跳ねた泥をやさしく拭ってくれるので、苦労させまいとして四日目の朝が来る前に立ち上がった。
しかも、この荒れた草木の生い茂った耕作放棄地ではなく、その隣の老婆が手入れする畑の方にだ。

翌朝、老婆はわたしの姿をみても大きな反応を見せなかった。
老婆は農作業の傍らで、ぬいぐるみにでも話しかけるようにして、いろいろな話を聞かせてくれた。
それは、わたしに対して語るというよりも、自らの存在を忘れないための独り言のようにも感じられた。
老婆が幼かった頃の海辺の暮らしや、廃校となった小学校での思い出。
離れた町まで出かける時に乗る、小さなバスが楽しみなこと。
でも、酔い止めを飲まないとすぐに車酔いすること。
長く姿を見せない一人息子の心配。
自分が居なくなったあとに残る、このちいさな村のこと。


 ー ー ー ー

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季節が移ろえば、村の景色は変わっていく。
老婆の動きを見よう見まねで覚え、夜の間に農作業をこっそり手伝った。
3年が経つ頃には、何となくの流れがわかるようになった。
自然の摂理や仕組みを理解したという意味ではない。
老婆の、この土地での暮らし方だ。
田畑の手入れ、種をまく時期、収穫時。
傍らでその全てを見つめていた。
わたしは使用期間が過ぎても、この老婆に比べればまだまだ動けていた。
老婆は農作業の傍らで独り囁くようにしていたが、最近は口数が減り、一度も畑に姿を現さない日も増えた。
なんだか、その表情は時折り苦しそうでもあり、寂しそうでもあった。
わたしは、案山子のふりを止めてしまおうかとも思ったが、今さら動き出したところで驚かせてしまうだろうし、そういう場合の人の反応が未知数な為、実行することは躊躇われた。

わたしは自分の存在を包み隠さずに伝えつつも、老婆の生活の形を崩すことがない方法はないものかと考えた。
そういえばモデルをしていた頃に手紙が来たことがある。
10歳の女の子からで、わたしに憧れていると書かれていた。
正体の知れない相手と意思疎通をはかる方法として、これは有効なのではないかと、試してみることにした。

老婆はA4ノートに日記を綴っていた。
老婆が寝静まると、わたしは白い紙に手短に自己紹介と一文を添えて、そのノートの間に挟んでおいた。

「はじめまして。
信じていただけないかもしれませんが、わたしは畑に立つかかしです。
おばあさん、いつもわたしをきれいにしてくださってありがとうございます。
そのお礼がいいたくて」

翌日の夜、家から灯りをもって老婆が出てきた。
わたしの顔を照らし、じっと見つめ合う。
わたしと老婆。
手には白い紙きれが握られていた。
わたしが書いたものだ。

「やぁやぁ。ふしぎなことがあるものだわね」

それだけつぶやくと、老婆は家に戻っていった。
その晩に綴られた日記の最後には、不思議な手紙が届いたと一文添えてあり、わたしが書いた紙きれがその下へ糊で張り付けてあった。
わたしはそのあとも度々、老婆に向けて手紙を書いた。
やがて、老婆が綴ったその下の欄にわたしが続けて書くようになっていった。
急変した天気のこと、昨年よりも実った作物のこと、久しぶりに顔をみせたイノシシが子を連れてきたこと。
老婆の日記には、その日あったことや思ったことが淡々と綴られていた。
わたしはその老婆に同調する気持ちや、老婆を労わる言葉を綴ることがおおかった。

わたしは畑に立つのは嫌いではない。
でも、好きでも無い。
老婆がつくる農作物を守ること。
これが今、わたしに与えられている仕事だ。
仕事とは好き嫌いで選ぶものでも、続いていくものでもなく、一言でいえば「そういうものだ」と誰かが言っていた。
事細かにその「誰か」をもう思い出せない。
以前は処理で来ていたはずの記録を入力したり出力する力が減ってきている。
この老婆と過ごす日々は忘れまいと、以前の記録を消してなんとか補っている。
わたしはほとんど身動きをとらないからこそ、保証期間を過ぎても何とか今日も動いていられるのかもしれない。
それでも、やはり終わりが近づいてきているのがわかる。
老婆は弱ってきている様子はあるが、それが人の寿命とどれくらい関係があるのかは作り物のわたしにはわからない。

ある日、老婆がわたしに日記を通じて、一つのメッセージを充ててきた。

「お互い、いつまで日記に綴り合うことができるのかはわからないのね。

 ふと、そんなことを思うと不安になったので、感謝の言葉を今のこしておきますね。

 案山子さん、独り身のあたしに、あたたかい日々をありがとうね」


わたしはその日、綴られた老婆の文字の下に添える言葉がなかなかみつからなかった。

誰もいない、暗い海が見渡せるところに佇んで、いつかくるその時を思うと、身体が勝手に軋んでわたしを困らせる。
浮かんでは消えるちいさな飛沫を前に、老婆と過ごした日々をなんどもなんども繰り返し再生した。
老婆はよく笑う人だったなと、今さらながらに気が付く。
その笑顔がいつか見られなくなる。
でも、いつかくるその時を憂うことも、その時がきて、過ぎた後にも、いつまでも悲しむ必要はないのではないか、と思うようになった。

その来年も、その次の年も。
わたしは止まっても、この地に立ち続けるだろう。
思い出をこの身に秘めたまま、老婆との残影を眼に残し。
わたしはずっと老婆と一緒だ。

海辺に寄せる波はいつまでも耐えることはない。
雨風に晒され、枯れ、朽ちていく木の上で、新たな命も宿るだろう。
きっと、この残されたちいさな村や畑にも、誰の手を借りることもなく、自ずと新たな緑が力強く芽吹くのだ。

なにも悲しむことはない。
わたしはそんな気がするのだ。



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in the near future...

あたりに鬱蒼と茂った木々の中に、不思議なものが立っていた。
近づいてみると、それは人の形をしたマネキンに見えなくもないが、
その姿はあまりにもうつくしい。
すぐ近くに傾いた古い民家がある。
私はしばらくこの地に世話になることにした。

ほこりまみれの部屋の中に、薄汚れた日記帳があるのが分かった。
随分昔のものだ。

何気なくページをめくっていると不審な点に気付く。
そこにはなんとも不思議なやりとりがみえた…。


…でも、それは、また別のお話…。