接ぎ木の家で素知らぬ顔

2017-03-20

妄想話

一瞬で情報が地球の反対側にまで飛び、人や物が軽々と国境を越えていく。

はるか上空では衛星がひしめき合い、街中では監視カメラが常に日常を記録し続けている。
そんな中で、人々はいつでも刺激ある何かを探している。
誰かが声を上げればそっちへ群がり、貪られた発見はすぐに枯れていく。
常に真新しさ求め、それに退屈すれば過ぎ去った古き時代のものすら掘り起こす。
触れてはならない人類の神秘、忘れてはならない過去の教訓。
過ちという言葉を盾に、人は探求の槍を今日も突き動かす。
人の欲は誰にも止められない。

 
ー ー ー ー



新卒で入社してきた若い部下のことだ。
彼女は移動中の車の中で急に気難しい顔をして、今の社会への不満をぽつりぽつりと漏らし始めたのだった。
仕事以外の会話が一切ない仲だったから、思わず顔をのぞき込んで大丈夫かと声をかけたのを覚えている。
その後、彼女の履歴に好ましくないものがあることがネット上から見つかり、それが社内で問題となった。
何者かがネット上で拡散して押し広めたことが発端となり、会社側に知れたのだ。
結論が出る前に彼女は姿を消した。
車内での彼女の話を思い返すと、その予兆があったことに気付く。
最近は自分探しならぬ、自分隠しというものが話題で雑誌に取り上げられているという話だった。
自分探しといえば、旅に出て、これまで触れたことのない文化や価値観に身を置くことで自身の世界観に変化を見出すといったことで、今のおじさん世代が若かりし頃によく耳にした言葉だ。
最近流行りの自分隠しとは、それと対になっているわけでもなく、デジタル社会に疲弊した者が一度は夢見る、洗浄作業のようなものだと彼女は言った。
ネットの世界に溢れた自身の個人情報を完全に削除してもらう手配をした後、自分の履歴が残らない土地に身を潜め、いわば情報社会などなかった昔の人間のようにして暮らすというものだ。
そんな生活の叶うような場所といえば辺境の地しかない。
国内の山奥や離島はすぐに人で埋まった。
すると当初の目的を忘れ、その未開なはずの土地の写真や映像が溢れ出す。
人は我先にと新たな刺激を求めて突き進んでみるものの、その背中を常に誰かに見てもらいたいというような寂しがり屋な面も持ち合わせている。
誰も口にしたことのない新たな香辛料を発見した人間は、始めはそれを独占していたとしても、やがては誰かと共有して味合わなければ気が済まなくなるものなのだ。
私も始めはそんな仲に加わりたいと願うような人間だったと思う。
しかし、歳を重ねれば人とは変わるものなのだ。
今現在、面倒くさがりな私なんかはその新しい味覚を味わっている彼らの背中の、さらにずっと後ろの方で横になったまま、ああだこうだと誰に聞こえるでもないような小さな声をあたりにまき散らしているような人間になってしまった。
誰の耳にも届かない説法をする、そんな石像になっていた私が何故にこんな辺境の地へとお邪魔することになってしまうのか。


 ー ー ー ー 

まさに事故であった。
仕事の都合で私は海外支部へ顔を出すこととなり、その途中の飛行機がたぶん落ちたのだ。
機内が非常のアナウンスと悲鳴で地獄絵図になり始めるや否や、小さい頃から諦めが早くビビりな私という人間は一瞬にして気を失ったのだった。
いや、結果的には優れた危機回避能力を備えていたともいえるだろうか。
記憶を辿ってみると、次に眼を開けた瞬間には見慣れない民族衣装を着た少年が私を覗き込んでいるという場面へとつながるのだった。

子どもは目と口を大きく開くと、声をあげながら部屋から飛び出ていった。
私は身を起こそうとするが自由が利かず、何とか頭だけを動かして周囲の様子をうかがった。
私はどうも植物を編んだり組んだりして造られた、小屋の中に寝かされている。
小さな入り口から差し込んでくる光が眩しかった。
その先に広がる景色は少ししか見えないが、木々を見下ろすという想像しないものだった。どうやら、周囲に伸びる木々を超えるほどの高さに住居を構えて生活しているようだ。
視線を起こすと、遠くで先ほど飛び出していった少年の影が、同じように造られた木の上にある小屋に入っていくのが見えた。
その身のこなしは猿のようだった。
しばらくして、大人たちが私の元へと、同じく猿のように木々を綱渡りしてここまでやってきた。

言葉がわからない。
彼らが何者なのか、ここがどこなのか、とにかく色々な事がまったくわからない。
私を囲んだ彼らを眺めながら、寝言のようにゆっくりそんなことを語る。
布をパッチワークのようにしてつなぎ合わせた彼らの服装は、民族衣装というよりもボロをところかまわずにあてがって、服という形をとりあえず保っているという風にしか見えなかった。
一人の女が私に近づき、私の体を少し起こすと、細く伸びた器の先端から口の中へ何かを流し入れてきた。
ほんのりと甘い、少しとろみのある透明な液体だった。
身動きが取れず何もできない私を、なぜかこの民族は優しくもてなし続けてくれた。


 ー ー ー ー


何か月も経った。
固形物が喉を通るようになった頃、体は少し動かせるまでに快復していた。
木々を彼らのように渡っていくことは、たぶん万全な状態でも無理だったと思う。
今はただ、与えられた木の上の小屋の中を時間をかけて徘徊することくらいしかできない。
身の回りの世話はすべてこの民族がしてくれた。
食事の手配から着替え、排せつ物の入った器の交換。
皆が私に手を合わせて挨拶をする。
時折り怪我をしたものがこの部屋で処置を受ける場面をみていると、この部屋はただ病室のようなもので、私は完治しない怪我人というだけの扱いのようにも思えてくる。

木と縄でつくられた梯子が小屋の外から下に向かってぶら下がっている。
これを使って地面に下りられればもうすこしこの集落の状況が分かりそうだが、まだそこまでの力が体にはない。
上から周囲を見渡していると、ぽっかりと空いた平原が森の中に不自然にあるのがずっと気にかかっている。
いずれはそこを目指して歩いてみようと思う。


 ー ー ー ー


ある晩のことだった。
今日はやけに獣の唸り声が地面の方からすると思っていると、木々がざわつき始めた。
小さな火の灯りが近づいてきたかと思うと、どたどたと部屋の中に人が担ぎ込まれてきた。
私が置かれている小屋には怪我人が時々運び込まれるのだが、これだけ血を流した人が運び込まれてきたのは初めてのことだった。
私は邪魔にならないようにと壁際によって、その様子をじっと見つめていた。
一人の男が苦しそうに全身で息をしていて、もう一人の女は何の動きもない。
男は両腕が千切れかけていて、女の腹からは内臓が覗いていた。
獣にでも襲われたのだろうか。
床はすぐに血の色に染まり、小屋の下からは獣の雄たけびが引っ切り無しに聞こえてくる。なぜかあの、飛行機での惨事が頭の中によみがえった。
彼らは負傷した二人を前に何やら話し合いを始めたが、それもすぐに終わり、部屋の中に色々なものを持ち寄ってきた。
部屋の外に砂を敷き、その上で火を焚き湯を沸かし始めた。
ひん曲がった鋭利な刃物を火元に伸ばし、先端を炙る。
どうやら手術をするようにみえた。


 ー ー ー ー


彼らの言わんとする言葉の意味を少し理解できるようになった今なら、あの日の晩に起こった出来事を説明できる。
私が身を寄せている、この少数民族は『受け継いでゆく』ということに対して、異常なまでの執着心をもっている。
その受け継ぐという特殊な文化の一例として起きたのが、あの日に私の目の前で起きたことだ。
あの時、目の前で行われた光景を生涯忘れることは出来ないだろう。
それほどの、望んでもみなかったカルチャーショックだったわけだ。

彼らは不思議な医術を使った。
息を引き取ったばかりの女から両腕を切り取り、植物を磨り潰して作った麻酔を男に嗅がせた。
眠った男の千切れかかった両腕を手早く切り離すと、その腕の断面部には白い粉を振りかけた。
男が失った腕の代わりに女の腕をあてがい、薬草と死者の肉とを混ぜて練ったものを接合部に持っていき、接着剤のようにしてつなぎ合わせる。
最後に、煮沸した食物繊維の束で患部を覆う。
包帯の役目をする、その繊維を交換し続けて半年もすれば、まるで接ぎ木をしたかのように見事に接合され、血が通っているのだ。

彼らは代々、亡くなった者の躰の一部を生きている者が継承していくという習わしをもつ民族だった。
背丈の低い子どもには見られないが、大人たちの体をよくよく観察してみれば、誰の肌にも深いしわのようになった繋ぎ目の跡が見つかる。
それは手の指であったり耳であったり胸部であったりと、部位を選ばずに様々だ。
そして、それは人間だけにとどまらず、身の回りのものにも当てはまることだった。
彼らの持ちものの多くが、継ぎ足されたりして補修されたものばかりだ。
生活の場である小屋は木の上にある。
この土台となる木も、全てが接ぎ木されたものだ。
彼らの生活圏では、その繋いだ数が多ければ多いほど崇められるのだ。
そう、それはつまり。


 ー ー ー ー


地表は昼間の間だけ降り立つことが許されていた。
夜になると獰猛な獣が徘徊するので、彼らは日の昇っている間に必要な食料や物資を確保していた。
余談だが、あの日の晩、襲われた男女は闇の中で番っていたところを獣に襲われたそうだ。
なぜそんな危険な目をしてまでと問うと、そういう決まりなのだと答えが返ってきた。

普通に歩けるようになると、あのぽっかりと空いた平原にも足を延ばした。
もしかしたらと思い、落ちた機体の残骸やその形跡を捜し歩いたが、私には何もみつからなかった。
そう、みつからなかった。
それほどに彼らは、上手にあの惨事を平らげた。

人は都合のいい生き物だ。
平地から小屋までの帰りに寄り道をした。
水瓶が沢山置いてあるところに近寄った。
覗き込めば記憶にない、歪なかたちをした私の顔がそこにある。
素知らぬ顔とはいったものだ。
目の前で起きていることを身勝手に解釈できる。
私はずっと前から、実は気付いていた。
そしてあの異形な医術を目の当たりにした日の晩に、確証を得たに過ぎない。
きっかけは固形物を口にした時に感じた異様な味覚だった。
顔の左と右で食べ物の美味しさを感じる度合いに大きな違いがあったのだ。
予感がして自由の利かない手を使い、服を脱ぎ捨てた。
私の躰のあらゆる部位が、身にまとっていたパッチワークの服のようにして繋がり、誰のものとも知れない私が形成されていたのだった。

夕日に照らされた飛行機が一機、この集落の遥か上空を通過していく。
むかし、車の中で私に自分隠しを語った彼女のことを思い出した。
まぁ、どう考えても彼女はこんな生き方は望まないだろう。