とある学会の研究発表の場で突如、それは起きた。
壇上に上がった博士の背中を、枝木のようなものが突き破り這い出てきたのだ。
当初、一部のメディアが博士の尊厳よりも事の緊急性を煽ったために、この不気味な映像が一瞬だけ大衆の目に触れた。
それからは見つかり次第に削除されるシークレット動画となったが、未だに根絶できずにネットの海をさ迷い続いている。
それはまるで、その植物がゆっくりと皆の心に恐怖の種を植え付けているようであった。
博士の助手を務めていた女性の証言によると、一月前に行われた学会の発表の場で、この新種の寄生植物(やどりぎ)を紹介する予定だったという。
それをサプライズと彼女は口にしたが、ゲリラの如く、突拍子もなく知識人たちの前でその現物を博士自らの身体を挺してお披露目することとなったのだった。
彼女はその植物が採取された場所も、その特性も一切わからないと言い切った。
全ては博士個人の趣味で研究していたものであっただろうと。
そして、最後にこう言った。
「博士の部屋に、この植物についてのメモが一枚だけ残されていました。
彼が名付けた名前があります。〇〇界、▽▽門、◇◇綱、…科、通称名:人柱」
その一週間後、突如、彼女もそれになった。
ー ー ー ー
「共通点は鳥のような姿勢です。
両膝を軽く曲げて前傾姿勢、両腕は腰へ回すような姿勢をとっているとのことです。
また、寄生植物が背部から這い出てくる瞬間を目撃したという人からは、それ以前の行動の中で、気になるような不可解な動きはなかったという証言が寄せられており、これらは突発的に…」
程なくして、皆の嫌な予感は的中した。
世界の彼処で、寄生されて木となる者が現れだした。
もはや周知の恐怖は誰にも隠しようのない騒動として、連日のニュースで世界を駆け回ったが、皆が最も知りたい元凶の発端やその対処法などは明確にされないまま時は過ぎた。
緊急に設けられた特別研究班の分析によると、寄生された人間を診察した結果は医学的には生きていると診断された。
人体を流れる血液は寄生植物の方へも流れており、また生き永らえる為の栄養は寄生木の茂らせた葉や根から人体部へと送られ、つまり一つの生命として共存しているのだという解析結果がでた。
がしかし、仮に人体部に意識はあってもまったくそれを示す手段が彼らにはないのだという。
『寄生植物人間』の第一発症者となった博士をはじめに、現状では世界に1714名の発症者が確認されており、発見次第、現場周辺を立ち入り禁止区域にし隔離を進め、周辺住民には非難を呼びかけてきた。
しかし、大衆の一部からは焼却及び廃棄処分を望む声が上がっており、他にもこの植物は宇宙からやってきた侵略生物だと声を荒げる者や、新興宗教の新手のテロ事件だと持論を述べる政治家など、人々の叫びは忙しなく鳴り響いたが、何人(なんぴと)もこの寄生植物の繁殖を止めることはできなかった。
ー ー ー ー
『寄生植物』が人類を選んでから、早10年が経とうとしている。
その間、人々はさまざまな予防のうわさを聞きつけては実践してきた。
例えば、手を後ろ手に組めないように、身体の前で両手首に紐をつけて可動域を狭めたり、就寝時に腰が曲がらないようなコルセットをしたり、アルカリ性と酸性のものを交互に体内に入れれば予防になるとくれば、関連の飲料水が飛ぶように売れ、足から根を生やさないようにと金属製の靴底を引きずる者もいた。
地面からなるべく離れた方が安全だという噂が流れれば、海上で生活をするものが現れ、高層マンションが馬鹿売れし、最近では宇宙生活を試み始めた。
これら奇妙な風習は枯れることなく新たに生み出され、巷を旋回している。
すべてにいえることは、皆、生き延びるために必死なのだ。
それらすべてが残念ながら意味を成さなくても、だ。
一方、隔離された『寄生植物人間』たちは木々が成長する中で、次第に内に埋もれてしまい、もう既に人体部の姿を確認できないものも多く現存し始めた。
そしてその間、一向に寄生される人間が減らない。
諦めにも似た悟りの境地というと、それには語弊がある。
日常だ。
抗うことなき、現実社会とこの幹はつながってしまっているのだ。
ー ー ー ー
そんな中で一つのニュースが最近話題となった。
『寄生植物』関連だが。
そのニュースとは、玄関先で妻に見送られた夫が玄関を出た直後に『寄生植物人間』となったそうだが、妻は夫から離れたくないと調査機関の担当者に泣きながら思いを告げたそうだ。
国の反対を他所に、妻は身の安全等の一切の責任を自らが負うという誓約書で、普通ならば隔離されるところを免除された。
その裏には様々な取引があったそうだが、おおよそが『愛』という一文字に片付けられた。
これまで、『寄生植物人間』となったものの傍には誰も寄り付けなかった。
隔離され、非難され、雑草に覆われたなかで一本の『人柱』が立っているだけであった。
そんな中での、この妻の試みは世界の注目を浴びるには十分な題材だった。
遠く離れた場所から、来る日も来る日も、物好きな報道機関はこの家族の撮影を続けた。
無言の夫が立つ一本の木に近寄り、その身体を布で拭く妻。
幹に手を添えて、何かを語っている。
無償で関係機関から空輸で届けられる食料や飲料水、生活用品等に口を挟むものがいる中で、一心に妻は夫と共存することに努めた。
そして、それはある日突然起きた。
新たな発見だった。
『人柱』が樹の実を落としたのだ。
妻は夫からの贈り物だと信じ、喜んでそれを受け入れた。
予め忠告しておくが、この映像が本物だという証拠はない。
ただ、これにより人々の生活に新たな混乱が広まった。
妻もほどなくして、『人柱』となったからだ。
映像の解析によると、『人柱』は妻の佇む足元にいくつかの樹の実を落とした。
それは、私たちの生活の中で見慣れた果実の形をしたものだった。
地中で成長するはずの根菜類や、同時期には成り得ない季節の果物が何種類にもわたって妻の足元に転がり落ちたのだ。
皆がその可能性から目を逸らしてきていたのかもしれない。
既に、私たちの生活の場にはいくつもの根が張り巡らされているのではないか。
それは、まるで蜘蛛の巣の上に佇む人類の姿だ。
私たちが当たり前のように口にするもののなかに、危険なものが紛れ込んでいる。
それを口にする瞬間を、寄生木は無言で待ち望んでいる。
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