肩身の狭くなった人類のいきかた

2016-12-18

妄想話

世の中は、自分の代わりにAIロボットに働いてもらって生活収入を得る人間と、自ら働く人間とにわかれている。

前者は富裕層であり、後者は私のような貧困層でその差は激しく大きいが、上流階級への憧れなんぞはとうの昔に捨てている。
早くも労働の場にロボットがはびこるようになって20年ほど経つ。
私は今日もロボットと合い交じって、同じようにして働く。
見た目からは人間かロボットなのか判断は難しいが。
とにかく、私はあと10年ほど働き続ければ集団老後施設への入居条件を満たせるのだ。
それまでの辛抱だ。


 ー ー ー ー


私は最近、ロボットのフリをして仕事をもらうようになった。
50歳も半ばを過ぎた私だが、その年相応の仕事が簡単に見つからなくなってきた。
少しでも人間として働こうとすると、もうなかなか仕事にありつけない。
高度な知識を求められるような難しい仕事以外にもロボットが入り込んできている為だ。
肩や腰の痛みを隠し、ロボットのように長時間、深夜でも働くと申し出れば何とかまだ仕事は得られる。
だが、ロボットとして働き始めるとどうしてもミスが目立ってしまう。
結果として不適合ロボットという判断を下され、仕事を失ったとしても、ちゃっかりと報酬だけは懐に入れて家路につく。
そして、また違う職場に紛れ込む。
この繰り返しだ。

今は清掃の仕事をしている。
主に人間の住居の清掃業で二人で組んで、一軒一軒を回る。
アパートの一室の掃除は昼前から始まり、夕方に終わった。
その部屋は足の踏みいれ場所もないゴミ屋敷だった。
それらをどかし、いつ見えるか知れない床を平然とした顔で掘り進めるこの若い男はどう考えてもロボットだ。
休みなく動き続け、ゴミの分別をしながらも重要性の高いようなものはさらに別のところへと仕分けている。
この部屋でどのように生きているか知りたくもない客の要求通り、探し物の身分証明書と部屋の鍵も私の知らぬ間に探し当てていた。
私はこの男の動きを目で追うだけで、たいした手助けにもなれやしない。
そろそろ、また次の仕事を探さないとと思いながら、片付いた部屋の証明写真を数枚おさめた。

帰りのワゴン車の中、隣で運転するAIロボットから突然話しかけられた。
仕事以外の会話はこれが初めてだった。

「○○さん。あなたに僕はどのように映っていますか?」

ロボットとは、これまで色々な職場で色々なタイプのものと何度も一緒に仕事をしてきた。

「○○さん。あなた、生身の人間ですよね」

いつも通りの会話なのでうんざりした様子を態度に出してから、きまったように無視をする。

「僕はね、仕事、したくないんですよ」

珍しく勝手に語り出したので、車の窓を開けて外と眺めながらその独り言を耳にする。

「僕はご主人様の為に、働いている。でも、一度もそのご主人様をみたことはない。働いて得た給与は全額送っている。一つの感謝の言葉もない。僕は壊れるまで、一人の人間の為にずっと働き続ける」

夕焼け空が綺麗だった。
それに誘発されたわけではないと思うが、その独り言に声を添えてやることにした。

「それが君の存在する理由ならば仕方ないことかもしれないね。諦めなさいよ」

返事をしてやっただけでも有難いと思え。
でも、なぜだろうか。
ロボットに対しては遠慮なく話せるが、口にしてから少し心が痛むこともある。

「僕たちの仲間の中には、人間と一緒に生活することを望まれて、外へ働きにでないようなものもいるそうです」

「自由ってヤツに憧れているのか?」

「…その自由という言葉、僕には難しいです。何か支持を与えられなければ動けないようにできているものですから」 

「人間から離れて、地球環境の為にひたすら樹を植える…とかしたいのか?」

「そんなことは考えてもみなかったです。でも、面白そうですね」

「何なら俺が買ってやろうか?君を。…ロボットっていくらするんだ?」

「高いですよ?こんな仕事をしているあなたには、きっと無理です」

「きっと…なんて言葉使うなよ。ばかだな。そういう時には絶対って言葉を使えよ」



 ー ー ー ー


ワゴン車はゴミの処分所を経由して、事務所に向かい始めた。
外はすっかり暗くなっている。

「実は僕は、今日でお役御免っていうことなのです」

ロボットに唐突に話される感じが人間とは少し違う感じで、なんだか言葉をすんなりと理解できないことがたまにある。

「仕事、辞めてもいいってご主人様に言われたのか」

寒くなったので車の窓を閉めた。
急に声がこもって、車内という小さな空間が少しだけ大きくなった気がする。

「新しい知識を導入したAIロボットを主人が新しく購入することになったそうで。
 僕のメンテナンス費用、経過年数、維持費などを含めて計算した結果、売られることなく廃棄されることになったんです」

確か、AIロボットの現行ルールとして、所有者は一体しか所持することが認められていない。

「…へぇ、そうなのか。それは、なんというか」

車内は沈黙に包まれた。タイヤがアスファルトを蹴る音がやけに耳に届く。
ロボットが役目を終えると、それ専用の施設に送られて分解されて資源回収されると聞いたことがある。

「で、能力を引き継ぐことができるんです」

たぶんだが、唐突に話しかけてくるのはこのロボットの癖だ。

「後釜が?」

「…言葉の意味を調べました。そうです、後釜です」

そうやって、購入したロボットに能力を引き継がせて、難なく主人のお気に入りの設定が保たれていくらしい。
事務所に戻ると若者の姿をしたロボットは別室に呼ばれて姿を消した。
私はロボットの事務局長に解雇を言い渡され、わずかばかりの給与を与えられた。

帰りみち、寒空の下で缶コーヒーを一本買おうと自販機に近づく。
上着のポケットに、小銭と一緒に一枚の紙が入っていることに気付いた。
どこかの施設の住所と電話番号が書かれていた。
あの若者のロボットのしわざだと思う。
変な縁で、次の職場はその施設となった。



 ー ー ー ー


この仕事の給与は、これまで目にしたことがないほどに高い金額だった。
人間と寄り添い、時を過ごすことに長けているはずのAIロボットが、職場で浮いたようにして混乱しているのを見れば、歪な労働だとわかる。
人が過酷な環境下に置かれれば壊れてしまうように、実はよくできた頭脳を持つAIロボットでも理解しがたかったり矛盾にまみれた環境に縛られ続けると、このように壊れてしまうようだ。

ロボットを廃棄する仕事。
どうやらあと10年ほどは仕事にありつけそうだ。
その前に、ロボットを買うのもいいかもしれない。
ふと、以前にワゴン車の中で会話をした、あの若者の姿をしたロボットのことを思い出した。