「高額当選宝くじが欲しい」
そんな思いを抱くのは、きっと以前からもそうであって、この身体が発する異臭のせいではない。
本気でそう思い、そう願うのかと問われるならば当然だと答えるが、ではそれで今のあなたは幸せになれるのかと続けられると自信がなかったりする。
「その人に見合わない額のお金を手にしても、いずれ消えてしまう」
とかいうあれは裕福な人の言葉なのか、それとも…。
ー ー ー ー
少し離れたところから花火の音が聞こえた。
それから少しして、火薬の匂いが鼻をついた。
ちょうど一年前くらいになるだろうか。家族の元を離れ、この公園をねぐらとし始めたのは。
仕事はそれ以前に、もう何年もしていなかった。
「昔のアナタに戻って、お願い…」
と、妻に涙ながらに言われ、しかし仕事は長続きせず、自ら進んでという記憶はないのだから、やはりいつの間にか家を追い出されたことになる。
妻や息子たちとの最後の会話とはどのようなものだったか。
思い出ばかりを辿ってしまうのは、今の生活に変化がないからだろうか。
そんなことを有り余る時間の中でぼんやりと考えていたが、近ごろでは以前の記憶が定かではなくなってきている。
もう私には過去も未来もないようなものだ。
急に振り出した雨の中、座り込んでいた私は立ち上がり、場所を変えようとした。
すると、目の前を遮る白い影が目に入った。
暗闇の中、木々の狭間に佇む影がゆっくりと私の方へ近づき距離を縮めた。
その正体は白い服を身に纏い、青白く痩せこけた頬に白い髭を生やした老人だった。
誰かに話しかけられるのは久しぶりだった。
冷たい視線を浴びせられながら野次られることは度々あるが、いつしかその場から身を引くことで済ますようになっていた。
老人の前から立ち去らなかったのは、その老人が不思議な言葉を発したからだ。
「貴方は今、幸せだろうか?」
私は何らかの言葉を発したかったのだが、上手くいかなかった。
「貴方の願いを叶えてしんぜよう」
口から言葉を発することを忘れてしまっていた。
それでも縋る思いで、私はしゃがれ声を、長らく使いもしなかった喉元から懸命に捻り出した。
ー ー ー ー
思い返そうとするのだが、どうもこの放った言葉が頭…というのか心というのか…に、こだまし続けている。
これまでの記憶が途切れ途切れに、断片的なものとなり、今はそれが時折り見え隠れするだけで…以前よりも更に他のことが考えられないようになってしまった。
ただ…私はなんだかこれまでにないほどに満たされてる気がする。
…私を呼ぶ声がする。
もしも産まれたときの記憶というものが。
この世に生を受けた瞬間に得た使命感。
そんなものがもしもあるのならば、きっとこういう感じではないだろうか。
今、この温かい眼差しに迎えられたことに、ただただ幸せを感じられる。
「…私は…高額当選宝くじ(が欲しい…)」
その時、白ヒゲの老人は近くで花火をしていた若者が急に発した奇声によって、目の前の男の声を逃してしまった。
「…あい、わかった…それでよいか?」
「はい…」
「私は…高額当選宝くじ」
それから暫く経ったある日、生まれ変わった私の名を呼んでくれる人に出会えた。
私を高らかに掲げて、喜んでくれた。
私は幸せだ。
やがて来る別れの予感を感じながらも、それでも私は幸せだ。
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