「オーガニックバーガー」

2022-01-05

無国籍活動集団「alias」

「…trophy、Loot、…いろいろと用語が並んでるけど、えぇ…と。reward…は褒美?報酬ってことだよね?」

『…あぁ、そうなんじゃない?
 でも、Blood found社が手掛けたあの献血ゲーム?アプリ?
「Blood borne」は少し前に閉鎖されたはずだろ?』


「ぅん。でも次は…moura found社に名前を変えて、コミュニティを…。
 …人々の、仮想世界と現実世界のつながりに可能性を…で、このアプリの会員になって端末の情報を開示、管理してもらっていたら…ぅん…もう読むの疲れたんだけどさ」

『…誰かに疲れたって聞かされると腹減るんだよな…』
彼女が端末の文字をまじまじと追っている様子はないのに、この質問の入り方が彼女の他人との付き合い方にそっくりだ。

「キミさ、さっき学校出る前にスナックパン齧っていたよね?」

『…で。その個人情報を捧げた、その見返りに、報酬は何が手に入るって?』

「まだサービスは仮なんだけど…えっと、あっ!私の端末返してって!」

『えーと…』

「…なんて書いてある?」


『…』

「どうした?」


『…どうせもう登録してこのMOURAっての、始めてるんだろ?』

「は?ダメなの?あのゲームの時に血液登録していたから、アカウントそのままな感じでログインできるんだよ?簡単でしょ?」

『…アカウントが生きてる?(あれ、俺は?覚えてないんだけど)
 あーぁ…ってことでこれ、お返しします、はい』


「…え?何か問題あるってこと?」

『それは、まだわからないけどさ』


「嫌な感じよ、今のキミ」


『そうですかぁ』


「あ、じゃぁさ、そこの公園の横に来てるキッチンカーでハンバーガー買ってさ」


『じゃぁ、大きいサイズで!』


「そのかわり、私に解るように。戻ったら教えてよね…」


『おー、じゃぁよろしく……あーぁ…』


メンドクサイ。どうやって生きていけばいいんだろうな、なんて割と悲観的な感想を頭に思い浮かべる。
映画を観る前の予告編でお腹一杯になるのは嫌いだ。やっぱり自分の口で、咀嚼して飲み込んでいって満腹になる方が俺はずっといい。他人とのつながりを極小にしつつも苦労なく、だからといって退屈でもない。我が儘を言えば、そんな世界がいいんだけどさ。

…でも、彼女に説明するのが、試みだされるようで。体の奥がチクチクしてきて一番メンドクサイ。


 ー ー ー ー


『俺は、とりあえずこうやって腹が減ったら飯食って生きていければいいんだけどさ。あぁ、メンドクサイ世界…ご苦笑さまでした…』


両手を合わせながら包装紙を畳んで、彼女の制服のポケットに突っ込む。


「…そう、めんどくさがらずにさぁ。現実、仮想。その間を取り持つのが血液を含めた個人情報ってことでいいんだよね?」


彼女は俺のポケットに包みを突っ込み返しながら、突然真顔になった。テンションが下がって、声も大人しくなった。そういう時は冷静で、なんというか急に異性の雰囲気を醸し出すから苦手だ。そして、もう黙ったまま、次は必ず俺に喋らそうとする。


『…資格試験に合格したら仮想世界でも個人のプロフィールにそのtrophyを提示できるように、免許を取得したらlicense、これまで務めた就職先のLogo。ゲームで手に入れたLootに収まらず…これからは全部が仮想世界にも紐付けられていく。
学校で修了した課程、これまで通院した病院の診療記録、これまでの行動履歴、誰かとの会話、メールの文面。端末で撮影したものから個人の興味、性格、癖、人格。
そんなレコード…記録が集まれば集まるほど、現実と仮想は密になる。本人と全く同じ思想がその世界にも構築される。個々のやり取りが繰り返されるほどに個人がブレずに明確になっていく。
…もし、現実で死んでも…。あ、歴史上の…』

「あのさ。無国籍活動集団、alias…って覚えてる?
 あの時いた二人の会話に出てきたよね。その内の一人が今のパパなわけなんだけどさ、なんか同じようなこと色んな角度から考えている人たちが沢山いるみたいなんだけど、実際に行動に…ってアタシの話聞いてる?」


おいおい、何を凹む理由があるんだ俺。でも、確実に気分が悪い。
本当にメンドクサイ。


『…大人の考えていることってよくわからないんだけどさ、それがお金に変わって、食欲や物欲や性…望むように生きるためには新しいルールやテリトリーを構築する必要があるんだろうな』

「キミってなんだか、悲観的に物事捉えて、急に不機嫌になるところあるよね」

『…案外…いや、なんでもない』


結局、彼女は包みを開いただけで自分のハンバーガーは食べなかった。
それを自然に奪い取る。
バンズとパティ、クラウンもヒールも。クラブも。
鷲掴みするのがいいのか、嚙み砕いて飲み込んでしまうのがいいのか。


「まぁまぁ。つまんないよりさ、色々と起きた方が生きてるって感じするよね…」



彼女みたいに色んなものにすぐ顔を突っ込むヤツの方が、うまく順応していくような気がすると思ったが、それらを口にするとなんだか急に年老いた気がしてしまう。
とりあえずここらで止めておこう。

俺はケンカが一番嫌いだ。腹が減る。
なんでだろう。本当に、なんでだろうな。


 ー ー ー ー